キン、キン、キンッッ!

「うわっ!」

ドサッ。

ひとりの浪士が倒れ込む。

「そこまで。」


ここは攘夷浪士のアジト。

稽古の真っ只中だ。

相手を負かした男は、無表情のまま、刀を鞘に収めた。

高杉晋助。

その腕前は、この隊で1、2を争うほど。

高杉に憧れる浪士は少なくない。

「高杉さん凄いッスね!!」

「…普通だ。」

取り巻きに囲まれるのはいつもの事。

本人は至って気にしていないようだが。

「俺、なかなか狙い通りに刀が入らなくて…。今度ぜひ特訓してください!!」

「ああ。」

「高杉さん、この刀は俺の背丈に合ってるでしょうか?」

「ん…。ちぃと大き過ぎるな。」

「高杉さん、」

「何だよ。」

「稽古、銀時さんとなんてどうでしょう?」

え、俺?

一斉に俺は注目の的。

オイオイ、誰だよ爆弾発言したのは。

「…断る。」

高杉はそれだけ答えると、さっさと中へ入って行ってしまった。

「高杉さん不機嫌になってたなー。」

「お前のせいだぞー。」

「え、俺!?」

「やっぱり高杉さんは銀時さんとはやりあわないのか。」

「そうだよなー。」

そう、俺こと坂田銀時もこの隊で1、2を争う腕前の持ち主。

ま、はっきり言うと、俺と高杉はトップ争い。

別に争うつもりはねーけどさ。

向こうもそんな感じだし。


俺たちも中に入り、ちょうど飯が出来上がったので、みんなで食った。

外はもう暗い。



――――…


「おーい、電気消すぞー。」

食事と入浴を済ませた浪士たちは、1時間ほどすると就寝する。

稽古で疲れた体は睡魔に勝てないようだ。

しかし、全員寝る訳にはいかない。

なにしろ、ここは攘夷浪士のアジト。

いつ敵が襲ってくるか分からない。

そのため、毎晩交替で正面、四方に見張りを立てるのだ。

今日は俺とヅラで正面の見張りを担当する番。

「オイ、ヅラ行くぞー。」

「ヅラじゃない、桂だ。」

ヅラの部屋は南東にある。

この隊で自室を持っている者は4人。

坂本、ヅラ、俺、高杉。

それぞれ順に、南西、南東、北西、北東に部屋を持つ。

みな、剣の腕前上等。

用心棒的な感じで四方に散らされたようなもんだ。

ま、見張りの時は意味ないけど。

ヅラを連れて正面の両脇に立つ。

「なー、眠くね?」

「眠くなどない。」

「俺疲れた。」

「貴様、寝るなよ?」

「へーへー。」

呆れ顔のヅラに適当な返事を返すと、空を見上げた。

「星、キレイだな。」

暗闇を照らす数々の光。

目を凝らさないと見えないほどのもの、一目で捉えることのできるもの。

大きさはそれぞれ違うものの、どれも強く、凛とした光。

高杉みたいだと思った。

周囲の空気にも乱されない、強い精神。

情熱的、それでいて、気高く。

そう、俺もあいつに惹かれてる。

この隊で再会してから。

「銀時、寝てるのではないだろうな?」

「寝てねーよ。」

ま、惹かれてるっていっても、俺の場合、性的な意味でもね。

するとヅラは組んでいた手を下ろし、口を開いた。

「悪い、銀時。ちょっと厠へ行ってくる。」

厠かよっ。

スタスタと中に入っていくヅラを尻目にため息をついた時だった。

カサッ。

草木の茂みから微かに音がした。

侵入者か!?

とっさに剣を構える。

しかし、月に照らされ出てきたのは…

「高杉…?」

寝間着姿の高杉がいた。

「お前、どうしたの?」

高杉は俺の横に座り込み、タバコを吸い始めた。

「さっきは悪かったな。」

「え、何が?」

「お前との稽古、スルーして。」

「いやいや、俺もやる気はなかったし。」

「…そーか。」

ゆらゆらと、煙が立ちのぼる。

「お前、恋とかしたことあるか?」

「へっ?」

いきなりの質問に声が裏返った。

かなりマヌケ。

そんな俺をみて、高杉は笑った。

キレイな顔して笑うんだよな、コイツ。

「隊には女いねぇし、恋なんざ夢の話よ。まぁ、俺ァいいんだけどよ。」

「高杉、恋したことねーのか?」

「本気で恋したことはねーな。」

安堵と同時に、寂しい気持ちがよぎる。

コイツは俺のこと、何とも思ってないんだな。

「なんだその面は。まさかお前、惚れたヤツがいんのか?」

「あ?」

どうせニヤニヤした顔で俺を見てんだろう、と思い高杉を見ると、そこにあったのは意外にも真面目な顔だった。

「どうなんだ?」

「…いるよ。」

高杉は淡々とした口調で聞いてくる。

「どんなヤツだ?」

「それは…」

「おっと、ヅラのお戻りだ。」

振り向くと、ヅラがこちらへ歩いてくるのが見えた。

「お前が選んだヤツだ。きっといい女だろうよ。じゃあな、頑張れよ。」

「ちょ、」

高杉は再び闇に溶けていった。

「待たせたな。」

背後からヅラが現れる。

「お、おう。」

「銀時?貴様、何か拾い食いでもしたか?」

「え?」

「顔色、悪いぞ。」

好きなヤツに勘違いされて、顔色が良くなるわけないだろ。

「うるせー。そのヅラ取るぞコルァ。」

「貴様銀時ィッッ!!」



――――…


あれから一週間。

今日は坂本と高杉が正面の見張りの番だ。

いや正しくは、はずだった。

坂本は酒に呑まれ、あえなく撃沈。

代わりに、俺が高杉と見張りをすることになったのだ。

ムカつくけど、なんやかんや高杉と2人だし良いとするか。

風呂の後、正面に向かうと、すぐに高杉も来た。

「よー銀時。辰馬のとばっちりだな。」

「うるせー。」

「そう怒んなや。そーいや銀時ィ、例の女とはどうなってる?」

またも淡々と聞いてくる高杉。

「別に…。」

「その様子じゃ、まだ進展はねーみてぇだな。ボサッとしてたら他の男にとられるぞ?女ってのはな、大概は押しに弱ぇ生き物なんだ。キスのひとつやふたつくれぇ、やってやれ。」

言われた瞬間、もう歯止めが効かなかった。

俺は…

「ぎ…ん…」

高杉にキスをしていた。

「俺が…俺が恋してんのはオメーだよ!!」

呆然と立ち尽くす高杉に、罪悪感と情けなさで胸がいっぱいになり、俺は駆け出した。

しかし、

ガシッ。

いきなり後ろから抱き締められた。

荒い息づかい。

余裕のない高杉を見るのは初めてだった。

「銀時ッッ!!」

涙がぱたぱたと地面に落ちる。

「銀時、お前に好きなヤツがいることは知ってた…。だから、言えなかったッッ!!」

力強い腕と声に、また涙が溢れる。

「本気で恋してる。」

もう、この気持ちを抑えきれない。

「好きだ、銀時。」

涙に濡れた唇を激しく押し付けられた。

今までの辛い気持ちを、ひとつひとつ消し去るように。

「高杉…俺も…好きだ。」

涙で歪んだ視界には、笑顔の高杉がいた。



――――…


「昨日の夜、野良犬が侵入してきたらしいぜ。」

「まじかよ。最近の野良犬はタチが悪ィから、追っ払う決まりだってのに。」

「なんでも正面から入ってきたみてぇだぜ?」

「見張りのヤツらは何してたんだか。」

「なー。」








「さては俺が寝ちゅう間に、あの2人、イチャついとったがか?」



END.



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