「はい、給料。お疲れさん。」
「あ、ありがとうございます。振り込みじゃないんですか?」
「口座持ってんの?」
「……。」
「いや、てかあれだよね。よく1ヵ月もったよね。奇跡だよね。」
「ね。で、なんでハローワーク職員のあんたから給料渡されんの?」
「坂田さん忙しいから。」
「……。」
「あ、それとね、もう来なくていいって。」
「は?」
「今日の朝電話かかってきてさ、新しい家政婦雇ったらしいよ。優秀な人。」
「優秀じゃなくてごめんね。てか電話するヒマあるなら給料振り込めよ。」
「だから口座持ってんの?」
「……。」
「じゃあ、そういうことだから。」
「え、ちょっ!?」
俺の声を無視して、男はさっさと仕事に戻って行った。
…なんてこった。
また無職の生活に逆戻り。
優秀な人材いるなら最初からそっち雇えよ。
…でもま、1ヵ月分の給料でも手に入っただけいっか。
封筒の中を見ると…
時給3000円×16時間×26日=1248000円が現金で入っていた。
「マジかよ…。」
感激のあまり、涙が出た。
――――…
あれから俺はアパートの一番安い部屋を借りた。
定住地があるので、バイトの面接もそれなりに合格。
このままいけば、どこかの企業に契約社員として入ることも夢ではなさそうだ。
今はゲーセンのバイトをしている。
ここ最近来るのは、不良かオタクだけ。
まともな客なんて一切来ない。
「はぁ…。」
ため息をついたその時、ひときわ大きな音楽が流れた。
トゥルルルッルー!!
UFOキャッチャーで見事、ぬいぐるみをゲットしたようだ。
そちらを見ると男2人組の後ろ姿が目に入った。
男なのにぬいぐるみかよ。
すると、もうひとりの男が指差して言った。
「あれも取って。」
いや、自分で取れよ。
ふたりはそのUFOキャッチャーのところへ行き、ゲームを始めた。
チャリーン。
ウィーン、ウィーン。
「あ、くそっ。」
チャリーン。
ウィーン、ウィーン。
「あ、また外れた。」
チャリーン。
ウィーン、ウィーン。
「あー、落ちた。」
チャリーン。
チャリーン。
チャリーン。
チャリーン。
チャリーン。
チャリーン…
………。
この客どんだけ金使ってんの!?
軽く5000円は使ってるよ!!
もう買った方が早くね!?
ふと両替機を見ると、なにやら困っている客が。
「どうかされました?」
俺は後ろから声をかけながら、客の手元を見た。
「あぁ、すいません。両替ならなくて…。」
「……。」
その手には万札の束が握られ、そいつは無理矢理両替機にねじ込もうとしていた。
「あのー…1枚ずつ…お願い…しまーす……。」
「あ、そうなんですか。すいません、ありがとうございます。」
こんな大金をゲーセンで…。
一体どこの金持ちだよ。
両替機と奮闘している奴の顔を覗き込むと…。
「あ。」
まさに金持ち。
そこには坂田家の次男、十四郎様がいた。
ってことは…
先ほどのUFOキャッチャーをしている客を見ると案の定、銀時様と晋助様だった。
「長谷川さん…どうしてここに?」
「いや、ここでバイトしてまして…。てか今日みなさんお休みなんですか?」
「はい。日曜なんで。でも退は家で勉強してます。」
「そうですか。」
退様…仲間外れにされたんだな…。
すると、両替を待ちきれずに総悟様が走ってきた。
「トシ兄遅い……って、……さん?」
ん?
今、何さんって言った?
「久しぶりですねィ。……さん。いやーやっぱり……さんがいないと寂しいでさァ。」
覚えてないィィッッ!!
寂しいとかいいつつ、俺の名前忘れてんじゃねーかッッ!!
完全に忘れられてるよねコレ!?
すると、十四郎様がそっと総悟様に耳打ちをした。
「ばか、長谷川さんだよ。」
「あー、そういやそんな名前でしたねィ。パッとしねぇ名前。」
聞こえてんだよッッ!!
悪かったな!!
パッとしなくて!!
「おーい、晋助たちこっち来いよ。はさがわさんがいるぞーィ。」
「いや、長谷川だから。」
すると、晋助様は、こちらを見向きもせず言った。
「ちょ、今銀時がリラックマのぬいぐるみゲットしかけてんだよ。後にしろ。」
俺ってこの子たちにとって何だったんだろ…。
――――…
「いやー、久しぶりだね、はさがわさん。」
「いえ、長谷川です。」
この甘党天パ!!
「うちで飯食ってけば?」
ちょうど勤務時間が終わったので、坂田兄弟と一緒にゲーセンを出た。
しかし、坂田家にご馳走になるわけにはいかないだろ。
「い、いえ、大丈夫です。」
「そう?」
「はい、じゃあ自分はここで。」
駅の前についたので、別れを告げた。
しかし、改札口まで歩いて行こうとすると、急に呼び止められた。
「長谷川さん!!」
振り向くと、銀時様が言った。
「うち、戻ってくれば?」
思いがけない言葉に、一瞬思考回路が止まる。
「最近うちに来た家政婦さぁ、なーんか嫌なんだよね。そりゃあ、仕事なんて長谷川さんよりできるし、優秀だけど…」
優秀じゃなくてごめんなさい。
「俺らに取り入ろうと必死なんだよ。そんなヤツうちには要らないの。」
「そーそ、戻ってきなせェ。今のバイトなんかより、いっぱい稼げますぜィ。」
「BL無料で見放題。」
「退も寂しいって言ってました。」
晋助様のセリフに、何か腑に落ちないものを感じたが、俺は嬉しかった。
みんな…。
「そーゆーこと。親には俺から話しとくから。」
「…ありがとうございます…ッッ!!」
――――…
一週間後、俺はまた坂田家にいた。
しかし今度は住み込みの家政婦として。
「おはようございます。朝ですよ。」
いつものように、みなさんを起こす。
そしていつものように、起きてくれるのは十四郎様と退様だけ。
総悟様もなんとか起きてくれた。
額に傷を負ったが。
あとは銀時様と晋助様。
まずは銀時様から。
コンコン。
「銀時様、起きてください。」
「……。」
「開けますよ。」
俺は、ガチャッとドアを開けた。
「銀時様、朝です……よ?」
そこには、裸の銀時様と晋助様がいた。
いつぞやも見た光景。
でも、あの時とは違う。
なぜなら…
「あっ…銀時…。」
今は最中だから。
バタン!!
思いっきりドアを閉めてしまった。
しかし…
「なーに鼻血垂らして覗いてんでィ。」
なんと俺は自分でも気づかないうちに、またドアを開けて、行為を覗き見していた。
「どうやら長谷川さんも、何か扉を開けちまった様ですねィ。」
「え?」
「この家に仕えたら、誰でも絶対BLに染まるんでさァ。それが…」
総悟様が一層黒く笑った。
「坂田家の掟」
END.