おやこのおはなし

□はみがきこ
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とて、たたたッ

小さい足音の後ろから

とっても大きな足音


「ほら、捕まえた」
「いやぁー」


オレンジ色の歯ブラシを握ったまま
いやいや、をするタケシ


「タケシ、ぴしゃーッと歯ば磨かんとでけんばい」
「…しょっぱいよ」



風の使っている歯磨き粉には塩が入っている

まだ小さいタケシには
酷というものだ


「俺も磨くから…」
「…はい」



自分に執ってのヒーローも磨くのだ


小さいタケシは、
大きな精一杯を出す



にるる、と
チューブから出てくる白いペーストを
息を詰める様にして見つめる


それを見ていた風は

「ちょこッと待ッとけ」
「きんにくらいだー…?」


そう云い残し

ぱたん、
洗面所から出て行く


その姿を見送りながら

哀しい気持ちでいっぱいになったタケシは

しょっぱい歯磨きを口に入れた






**************



「あの…」

耳まで紅くしながら
小柄な女性店員に話しかける


「子供用の歯磨き粉ば探しとるのですが…」

にこり、店員は微笑むと


お子さんのですね、と
売場まで連れて行く



風大左衛門、
こう見えて高校生である


「こッ…!」


けれども風にとってタケシは子供同然


何となく誇らしくなる



「あの、こちらは如何でしょう?」



いちご味メロン味ぶどう味

塩味はないのか?
と、訊ねれば

お子様にはキツイと思う、と一言



1番人気だという
いちご味を懐に帰路を急ぐ






****************





ぷくぶく、ぺー
ひりひり、口の中


がんばってみがけた
僕も“きんにくらいだー”みたいになれただろうか


でも、
くちのなかがいたくってとってもつらい

はみがきもできないから
きんにくらいだーは僕をきらいになったかな

僕をおいてっちゃったかな



今にも零れそうな涙を堪えたその時



「タケシーッ!」
「きんにくらいだー!」



ぴょこん、と風に飛び付く


「かえッてきてくれたの?」
「当たり前たいッ!」



風の大きな手の平が
がしがし、とタケシの頭を撫でる



「きんにくらいだー、僕みがけたよ」


おお!と
タケシを持ち上げる


「たかーいッ!」

きゃっきゃ、とはしゃぐ


目元が少し紅いのは
精一杯、頑張った痕だろう


「ご褒美ばやらんと」


そう、と
小さな躯を床に置くと


懐から例のモノを取り出す



「こ、これ、き、筋肉ライダー歯磨きやけん…ッ!是からはコレば使え」


よく見ればいちごの部分に
筋肉ライダーのイラスト


絵の苦手な風が描いたモノだ


「きんにくらいだー!」



きらきら、笑顔

この顔が見れただけで先刻の恥ずかしさも吹き飛ぶ



この日からタケシは
歯磨きの時間が大好きになりました






おしまい


たたたッ、

「きんにくらいだー!はみがきまだ?」
「さッき磨いたばかりやろう」

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