東京魔人學園〜陽之間

□春風
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春一番が彼の髪をさらっていく。
少し冷たい風を頬に受けながら、彼はまだつぼみの堅い桜の下に立っていた。
桜の樹を見上げると懐かしそうに、その幹にそっと触れてみる。
ふわりとした優しい笑みが印象的な彼は、ここで出逢った仲間達の顔をひとりひとりゆっくりと思い浮かべていた。


「やっぱり、行ってしまうのね…」
少し寂しげな彼女の声に、龍麻は驚いて振り返った。
嵐のような突風が、彼女の長い髪を巻き上げ、乱れた髪が白い肌に絡みつき、ざわめいていた。 ふいに風が止み、ゆるりと髪が元の位置に戻る。
と、彼女はにっこりと彼に笑いかけた。

「……」

ほんの一瞬、彼女が唇を噛み締めたように見えたが、目の前には華やかな笑顔の葵がいた。

「……」
「……」

お互い何も言わず、ただまっすぐにその瞳を見つめていた。

葵の瞳に映る龍麻
龍麻の瞳に映る葵

龍麻のくもりのない眼差しに、葵の瞳が揺れる。
何度も覚悟を重ね、笑ってサヨナラする為に逢いに来たのに、用意した言葉が何ひとつ言えない。

(言わない方がいいのかもしれない…)

覚悟してきたはずの決心が、龍麻を前にして揺らぐ。
目覚めた『力』に、己が宿星に戸惑い、人の弱さと強さをその肌で感じ、護る為の闘いに費やした1年。
龍麻の優しさと強さに支えられ、その哀しみを見守ってきた葵は、彼に仲間以上の想いを秘めていた。

(…そばにいるのに、龍麻に助けてもらうばかりで、何も出来なかった…)
少し、控えめに微笑む葵は、迷いながらも言葉を探した。

「……」

ふいに龍麻が、動いた。
葵の前まで歩くと何の躊躇もなく彼女を抱き寄せる。
思いがけない龍麻の行動に、葵の鼓動が跳ね上がる。
驚いて見上げた彼のふんわりとした笑顔に、葵の頬が赤く染まった。

「君はいつもそばに居てくれて、僕やみんなの事を大事にしてくれる…僕の命も救ってくれたのに…ごめんね。僕は君に何もしてあげられない。」
言葉よりも、抱き寄せられた肌から龍麻の気持ちが伝わってくる。

何かして欲しいなんて望んでない。

葵は視線を上げた。
迷いのないまっすぐな瞳で龍麻を見つめる。

「違うわ龍麻…何もしてないなんて…」
「でも…僕は君の気持ちに応えられない…」
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