それは、衝動に他ならなかった。
目の前に差し出された手を壬生は躊躇する事なく握ると、龍麻の身体を引き寄せていた。
腕の中で真っ直ぐに見上げてくる視線に胸がドクン、と鳴った。
澄んだ深い泉の様な瞳に何もかも見透かされている気がして、ざわざわと急に落ち着かなくなった。
「僕達は、敵同士だ。こんな風に手を取り合うなんて可笑しい。」
振り払おうとする壬生の手を龍麻は強く握り締め離そうとしない。
「どうして?君のこの手は僕達と……僕と同じだよ。」
「僕の手は、今まで沢山のモノを奪って、傷付けて、とても汚れている。同じなんかじゃない。」
「同じだよ、ほら。」
壬生の掌を龍麻が両手で包み込むと、触れ合う指先から互いの熱が一つに溶けていく気がした。
「……君は、不思議な人だな。」
「うん、僕って謎なんだって。」
壬生は、掛けている眼鏡を外すと微かに笑みを浮かべた。
「……知ってるかい?人は、謎や神秘的なモノに惹かれる。」
いつもの険しい面影からは想像も出来ない、穏やかで優しい笑顔を前に、龍麻は睫毛を瞬かせた。
「あ……」
不意に近付いた壬生の指先が龍麻の口唇をなぞり上げる。
「だから、こんなに僕を迷わせるのかな?」
「え?……ん…ッ!」
壬生は己の唇を龍麻の唇に重ね合わせた。目を見開いて驚く龍麻の隙を狙って壬生は拘束されていた手から素早く逃れていた。
「……僕が何かを奪うのは、この手でだけとは限らない。この次は本気で闘わないと、もっと大切なモノを失うかもしれないよ。」
「……僕は、君と闘いたくない。それに、君は先刻、僕の出した手を迷わず取ったじゃないか。」
「それ、は………」
一瞬、戸惑いの表情を浮かべた壬生だったが、外していた眼鏡を再び掛け直した時には、普段通りの沈着な顔を取り戻していた。
「また、ね。龍麻。」
「待って、紅葉…ッ!」
ひらりと身を翻した壬生は、己の名を呼ぶ龍麻の声に振り返りそうになった。けれど、すぐに想いを振り切る様に駆け出した。
それは――
それは、衝動に他ならなかった。
ただ、それだけの事だ。
自分が選んだ道に、後悔も迷いも無いのだ、と言い聞かせながら壬生は闇の中を走り続けた。
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自分の想いにまだ少し迷っている拳武館最強の男(笑/紅月)