吹き付ける風が冬の寒さを感じさせる。学校帰りの龍麻は身を竦め暗い夜道を一人歩いていた。
その時、不意に目の前に黒い影がふわりと舞い降りてきた。
「………あ。」
龍麻の前には裾の長い制服に身を包んだ長身の青年が立っていた。
「紅葉……?」
「………………………」
無言のままじっと見つめる壬生に龍麻はにっこり微笑んだ。
「僕に、何か用事?」
「警戒、しなくていいの?」
「どうして?」
「………僕は、君を狙って来たのかもしれないよ?」
「そうなの?」
「………………………」
無防備な龍麻に壬生は少しばかり呆れた顔で首を軽く振った。
「だよね、殺気なんて感じないもの。僕に会いに来てくれたの?」
相変わらず見透かした様な龍麻に壬生は複雑な表情を向けると手に持っていた紙袋を突き付けた。
「あげるよ。」
「え?」
「君にあげる。」
「何?」
「僕が作った。毒なんて入っていないから。」
「……中、見ていいかな?」
壬生は、やはり無言でこくり、と頷いただけだった。
「あ。」
龍麻が紙袋を覗き込むと、中には切り分けられてラッピングされた苺のタルトが入っている。
「苺、好きだろう?」
「うわ、ありがとう!よく知ってるね、僕の好きな物。」
「僕等の組織ではね、君達の情報なんて簡単に手に入るんだよ。」
「へぇ〜、拳武館って凄いね。」
全く危機感を持たず心底感心する龍麻に壬生は再び呆れた顔を見せると軽い溜め息を落とした。
「………今夜の事は、僕達二人だけの秘密、だよ。」
「え……?」
「互いの立場を考えたら、誰にも云わない方がいい。」
「……うん、分かった。えっと…こういうのなんて云うんだっけ?……あ、そうだ。逢引……?」
突飛な発言に視線を向けた壬生の眼鏡が少しずり落ちた。
「あれ?違ったかな……」
「………いや、そうだね。まぁ、ある意味逢引で合ってるよ。」
「ある意味?」
「………じゃあ、ね。龍麻。」
下がった眼鏡を指で押し上げると壬生は身を翻して跳躍した。
その黒い影は上空の闇の中に溶け込むように消えた。
「……忍者みたいだ。」
壬生から受け取った紙袋を胸に抱え込むと、苺の香りがほんのりと立ち上り鼻をくすぐる。
いつもより甘く感じる苺の香りに龍麻は嬉しそうに歩き出した。
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正しくは密会でしょうか?
でも壬生にとっては逢引が一番の正解なのです(紅月)