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□白の人形
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僕が涙を流した日。彼は僕を腕の中に閉じ込めてくれた。
大丈夫です。愛してます、だから泣かないで下さい。そう言って抱き締める力を強くして僕に安心感を与えた。
草食動物を咬み殺して満足する充足感とは違って、彼に愛され好きだと知ってからの行動は酷く心が満たされ同時に不安になった。
人は不安になる、と言うことを初めて知ってその度に涙を流し、彼も僕が涙を流す度に安心する言葉を発し抱き込んだ。

素肌で抱き合って眠る時間がとても幸せでその時ばかりは素直に彼に進んで抱きついたりもした。

……骸が居なくなる事は考えられなかった。


◇◆◇◆◇◆

寒いというよりも冷たい、と感じる風が空調のよくきいた応接室に入り込む。
窓…、開けたっけ?
とばされ床に落ちた書類を拾い上げ、コツコツと靴を鳴らして窓に手をかけた。
窓から見えた桜の樹は、まだ花弁も蕾さえもついていなくて桜とわからないほどにちっぽけだった。
今年は花見を出来るだろうかと、と窓を閉めながら思う。
出来れば、骸と…。


「恭弥……」
「―!」

不意に抱きしめられた体。
いつ、どこから、なんて霧のように現れる骸に聞くのも野暮で、でも恋人なら正々堂々と姿を現して欲しいとも思う。

「なに…」
「いえ、」

ぎゅっと腕に力がこもる。後ろから抱きしめられた形のせいで骸の表情が見えなくて。
そのくせ、愛しそうに雲雀の黒髪に顔が埋もる。

「ねぇ……」
「……はい」
「桜…、見に行ってあげてもいいよ」

素直になれない僕の精一杯の誘い。
それでも、いつも骸は分かってくれていた。


「恭弥…、ありがとうございます

でも……、さようなら」

ふっと、体にかかる重力が消えた。
同時に骸も。
何処に、そんな、なんで。
いつも霧のように現れて、でも帰るときは手を繋いで帰って、霧のようになるのは現れる時だけ…。

「む、くろ…?」

響く、雲雀の声。
何度呼んでも骸は現れなくて、応接室が静寂に包まれた。



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