短編2

□狂気的な彼氏
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「今週もお疲れ様でした〜」

佐助の音頭で、ふたりは手にしたタンブラーを軽く合わせる。チン、と澄んだガラスの音に満足し、佐助が一気にビールを煽った。
ゴクゴクと喉を鳴らしプハッ、と息を吐いてタンブラーをおろす。
その様を小十郎が気遣わしげに見ていた。

「どうかしたか?」

アルコールに弱い佐助が最初から一気飲みとは珍しい。

「うん?別に…喉渇いてたから…」

それだけさ、と佐助は微笑むが、小十郎には思い当たる節がある。

「さっきの電話なら気にするな。姉貴には忙しいからって断るからよ」

言って小十郎はタンブラーのビールを飲み干す。
『さっきの電話』とは、小十郎の姉、喜多からのものである。年に一二度、「あなたに紹介したい人がいるの」で始まる電話は、いわゆる『見合い話』だ。

「気にしてない、って言ったら嘘になるけど…ちゃんと行かないと駄目だよ。先方にも失礼だし、何よりお姉さんの面目を潰すのはよくないだろ?」

小十郎のタンブラーにビールを注いで佐助が言った。

「テメエは俺に見合いしろって言うのか?」

「うん。俺様信じてるから。片倉さんが俺様以外に惹かれたりしないって」

だろ?とウィンクしてみせる佐助に、小十郎は片眉を上げ、空のタンブラーを指差した。

「随分と自惚れてんな。の割には、酒に逃げようとしてるじゃねえか」

「別に逃げてる訳じゃ…ただ単に喉が渇いてただけさ」

タンブラーに目を落とし、縁の下をコンコンと爪先でつつく。
時々思う。自分達の恋愛は間違っているのだと。
世間に認められないふたりが幸せになれるはずがない。
もしも片倉さんが普通の幸せを望むなら、その時は潔く別れよう、と――。

黙り込んだ佐助を見ながら、小十郎はタンブラーを半分空けた。

「テメエは俺が『女が出来たから別れてくれ』って言ったら別れるだろ?」

「え…?」

顔を上げた佐助の視線の先、小十郎がニヤニヤと笑っている。

「俺が幸せになるならテメエは身を引く、違うか?」

今し方の思考をズバリと言い当てられ、佐助は一瞬凍りついたが、すぐに得意の薄ら笑いを浮かべると、俺様そんなにイイ奴じゃないぜ、とおどけてみせる。
そんな佐助に興醒めしたのか、小十郎は真顔に戻ると、ピザを一切れ取って口に運んだ。
どうやら自分の回答はお気に召さなかったらしい。
もごもごと動く口を見て、この話はこれで終わったのだと佐助は思った。
佐助もピザを一切れ取り、齧りつこうと大口を開けたところで小十郎が呟いた。

「俺は駄目だ」

「え?」

半開きの口のまま、間抜けな顔で前を見れば、苦笑を浮かべた小十郎と目があった。

「俺は駄目だ。テメエに『女が出来たから別れてくれ』って言われても、俺は別れてやれねえ」

「………」

「わかってる。俺といるより、どっかの女と結婚して家庭を持って…テメエならきっといい父親になるだろう。たぶん、いや、そんな普通の生き方が、一番幸せなんだってのはわかってる…」

独り言のような小十郎の告白に佐助は固まった。
小十郎の苦笑が自嘲めいたものに変わる。

「けど、俺は駄目だ。別れた方がテメエの為だとわかってても、離れるなんて出来ねえ。どんなにテメエに嫌われても憎まれても、泣かれても喚かれても、俺はテメエを手放さねえ。どんなに遠くに逃げようと、姿を眩ませようと、俺は必ずテメエを見つけて連れ帰る。絶対に俺から離れようなんて許さねえ…」

小十郎はククッと笑って残りのビールを飲み干すと、空のタンブラーをテーブルに叩きつけた。タンブラーともテーブルのものともつかない悲鳴に驚いて、佐助の身体がビクリと揺れる。
笑みを消した小十郎は、獰猛な捕食者の瞳に狂おしいまでの熱情を湛え、佐助に言う。

「テメエは俺のモンだ。一生逃がさねえ」

その瞬間、佐助の全身にえも言われぬ悦びが突き抜けた。

狂っているのは目の前の恋人か、はたまた己か。

佐助は無性に、この男に喰われたいと思った。




end

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