短編2

□運命なんです
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今は深夜、場所は青木ヶ原樹海。富士山の北西に位置し、言わずと知れた自殺の名所である。
そんな場所に懐中電灯ひとつで放り出された佐助は、真夏の生温い風を受け、背筋をぶるりと震わせた。
「肝試ししようぜ」と言う悪友達について来たらこの有り様だ。
アイツらとはもう友達やめてやる、と心に誓い、佐助は木の幹に貼り付けられた張り紙の矢印の指示通りに進んでいた。
主催者の話によると、樹海をほんの50メートル程入って帰って来るだけのルートだという事だったが、佐助はもう20分もさまよい歩いている。
佐助の頭に『遭難』という単語が浮かんだ時、懐中電灯の明かりが人の姿を捉えた。
――助かった!
慌てて駆け出した佐助が見たのは、悪友達ではなく、ピンクのワンピースを着た長い黒髪の華奢な美人。
その女性は腕にショットガンらしきものを抱えている。
女性と目があった途端、「これはヤバい!」と佐助は思った。

「あら…アナタ、市と一緒に逝ってくれるの…?そうなのね…。ウフフ…。それじゃあ…これでちゃんと死ねるか、試させてね…」

市はショットガンを愛おしそうに撫でながらそう言うと、銃口を佐助に向けた。

(マジ、洒落になんねえだろ!!)

慌てて市に背を向けた直後、佐助は焼け付くような激痛を感じ、意識を手放した。



***

気がつくと、佐助は布団に寝かされていた。
視線の先、天井には黄金の装飾を施された、大きなピンク色の蓮の花が描かれている。
首だけをあげて辺りを見回した。部屋を仕切る襖にも金が存分にあしらわれ、東西南北のそれぞれに春夏秋冬の季節が描かれていた。
これまた見事な襖絵である。
佐助はこの豪華絢爛なだだっ広い畳の広間の真ん中に、ひとりぽつねんと寝かされていた。
どうみても病院ではない。
自分はなんとか樹海から脱出して、近くの民家の人に救われたのだろうか…。
そう考えながら、身体に痛みのない事を確認し、佐助は布団から抜け出した。
着ていたTシャツにジーンズは脱がされ、真白な着物を着せられていた。
立ち上がった佐助は、キョロキョロと見渡して、さて、どの襖を開けようか?と首を捻る。と、くるぶしの辺りを何かがフサリフサリと触って擽ったい。
何だろう?と振り返れば、フサフサとした白いモノが尻のあたりから出ている。

「尻尾…?まさかぁ…」

そんな事ないだろう、とそれをむんずと掴んで引っ張ると、尾てい骨に痛みが走った。
つまりそれは、間違いなく佐助から生えていた。

「なんですとおぉお!?」

佐助が素っ頓狂な声を上げたその時、正面の襖が開いた。
現れたのは、褌一丁のほぼ全裸のような男で、その裸体には無数の傷痕が見て取れた。人の良さそうな笑みを浮かべる顔にも、やはり傷がある。そしてなんと、狐のようなオレンジ色した耳と尻尾があった。

「おー、白狐様。お目覚めか!」

「白狐…?」

『白狐様』と言われた佐助は、ああ!と己の身に起きた事を思い出した。
意識を手放す瞬間、佐助は『白狐』なる生き物に会ったのだ。
白狐は700年ごとに依り代(よりしろ)を替えるのだが、今年がちょうど700年目。
佐助は白狐の依り代として、新たな命を与えられたのである。
ちなみに白狐とは、この狐世界のシャーマン的存在で、神の声を聞き、皆に伝えるのが仕事である。

「白狐様、お目覚めになられたばかりで申し訳ないが、皆が御神託をお待ちですぞ」

褌男はそう言うと、佐助を引きずり部屋を出た。

それから佐助は、真白な狩衣に真白な指貫に着替えさせられ、仰々しい社に連れて行かれた。
そうして、娘の婚儀はいつがいいかだの、子供の名前は何がいいかだの、旅に出たいのだがどの方角がいいかだのといった事を占わされた。




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