短編2

□運命なんです
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白狐の依り代になってから、佐助は毎日どーでもいい事を朝から晩まで占わされていた。
どーでもいい占いでも、神様のお告げとやらを聞くのには体力を使う。
ある日、どうしようもないほどの空腹を覚えた佐助は、褌男もとい利家に頼んでしばし休憩をもらった。
クウクウ鳴る腹を抱えて台所へ。そこには見たことのない男がいた。
黒髪からニョッと生えた黒い耳。その右側は上半分がすぱっときれていて、左頬には傷痕。眉間には深い皺を刻み、強面のいかにも気難しそうな男だ。
男は台所の入り口に立つ佐助に気付くと、ギッときつい眼差しを向けた。
佐助は思わず「ヒィィ」と悲鳴をもらし、顔を庇うように腕を上げた。
その時、グウウゥ…と佐助の腹が盛大に鳴った。

「テメエ…腹減ってんのか?」

男が言ったのに、佐助は腕をおろしながら頷いた。
もう、恥ずかしくて仕方ない。
佐助がもじもじとしていると、「これでも食っとけ」と男が真っ赤なリンゴを投げてよこした。

「ありがとう…」

言って、かぷりと齧りつく。口いっぱいにリンゴの甘酸っぱい果汁が広がった。
美味しい、と言った佐助に、「当たり前だ。俺がつくったんだからな」と男がニヤリと笑った。
その瞬間、佐助は雷に貫かれたような感覚に襲われた。
それは、神からのお告げだった。
彼が運命の相手だと――。

佐助は男に駆け寄ると、躊躇なく言った。

「俺様をアンタのお婿さんにしてください!」

そう言った佐助に、男は眉間の皺をますます深くした。

男は名を小十郎といった。
農園を営み、収穫した野菜や果物を毎日この屋敷に配達している。
佐助は次の日から、小十郎が配達に訪れる時間を見越して、社から抜け出すようになった。

「小十郎さん、その耳どうしたの?」

佐助は勝手口の段差に腰掛け、馬車の荷台から野菜を降ろす小十郎に話し掛ける。

「ああ、昔ちょっとな」

「ちょっとって?」

「俺も若かったって事だ」

「ふーん。ねえ、結婚式いつにする?」

「白狐様がくだらねえ冗談言ってんな」

「白狐様じゃなくて佐助。それに冗談じゃない。神様のお告げだもん」

「ああそうかい。じゃあまたな」

小十郎は佐助に見向きもせず、野菜を台所に運び込むとさっさと馬車で去って行った。

それから佐助は考えた。
どうすれば小十郎の心を掴めるかを。
佐助は毎日神託を聞きにくる人々から、お礼の品を山ほどもらった。それは物凄く珍しくて高価な品から、近所で評判の饅頭まで、その内容はピンキリだ。

翌日、いつものように野菜や果物を配達に来た小十郎に、佐助はとある織物を見せた。それは虹のように七色にきらめく錦だった。

「ほら、綺麗だろ?彩雲で織った錦で、凄く珍しいんだって。小十郎さんにプレゼント」

はい、と差し出した佐助に、小十郎はふいと横を向いた。

「こんな大層なもん、俺には必要ねえな」

「遠慮しなくてもいいよ」

「遠慮じゃねえ。本当にいらねえんだ」

素っ気ない小十郎に「だったら何が欲しい?」と佐助が訊ねると、「珍しい野菜の種なんかいいな」と返事がきた。

その翌日、佐助は小十郎に小さな巾着袋を差し出した。中では何やらぴょんぴょんと跳ねている。

「これは生のバネ豆か?」

佐助から巾着袋を受け取って言った。

「そう。そんなに珍しいかわからないけど…このまま踊り食いするんだって」

「珍しいか珍しくないかでいやぁ、こりゃ珍品だ。バネ豆はストレスに弱くてな、収穫するとすぐ弱っちまう…こんなに元気のいい生のバネ豆ははじめてだ」

興奮気味に言うと、小十郎はありがとな、と佐助に笑った。




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