捧物

□少年侮りがたく、恋落ちやすし
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終業式後の人気のない図書室。
身長181pの片倉小十郎が迫り来るのを、身長176pの猿飛佐助は爪先立ちで迎え撃つ。

「何やってんだ?」

「いやぁ、生徒に見下ろされるのもどうかと思って」

本棚に追い詰められた佐助のそれは、虚勢という名の悪あがきである。
正直、迫力で佐助は小十郎に負けていた。それも、完敗と言えるほどに。

「先生、約束だ」

「あのさ…先生って呼ぶ気あるなら先生らしく扱ってくれる?」

「じゃあ佐助」

「ちょっ、なんでそこ言い直すかなぁ。てか、学校で呼び捨て――」

その先の言葉は小十郎に飲み込まれた。
合わさる唇。
脇腹を擽られ、佐助がたまらず口を開くと待ってましたとばかりに舌を差し込まれる。
舌が絡む程に腰をきつく抱き寄せられ、身体の芯が熱を持ち始めたその時、小十郎が急に離れた。
名残惜しげにふたりの間で銀の糸がぷつりと切れる。

「やべぇな…止まらなくなっちまう…」

顔を離したものの小十郎は佐助を放そうとはせず、切なげな眼差しを送る。


佐助はここ、戦国高等学校で現代国語を教えている。
片倉小十郎は2年の生徒だが、何故だか『恋人』と呼ばれるような関係になってしまったらしい。
らしい、というのは佐助がそれを認めていないからで、勿論この事は周囲に絶対秘密だ。
今も2学期の成績が学年10位以内に入ったご褒美と称し、唇を奪われたところである。
確かに、褒美をやると言い出したのは佐助だが、それが男のキスとは如何なものか。

片倉小十郎という生徒、オールバックに鋭い目つき、極め付きに頬のキズ。どこからどうみてもヤクザなのだが、それでいて秀才だったりする。
だが、勉強するのが面倒なのかやる気がないのか、授業にはちゃんと出るものの、テストはいつも手を抜いて及第点ギリギリだ。
佐助は小十郎の担任ではないが、授業で目にして気にかけていた。
赤い髪色のせいで劣等生に分類されていた佐助は、小十郎のような生徒を放っておけないのだ。
少しでもやる気を出させようとあれこれ世話を焼くうちに、こんな事になってしまった。


ひそめられた目許に高校2年生とは思えない男の色気を醸して、小十郎が口を開いた。

「いいだろ?先生…」

女性ならば誰もが陥落するだろう囁きに、佐助も思わずうっとりとして、ハッと我に返る。

「…片倉、落ち着け。男抱いても何も楽しい事なんてないぜ。俺様がこんな事言うのもなんだけど、2組のかすがとか1年の鶴ちゃんとか、そっちの方がいいんじゃない?片倉が口説けば、どんな女の子もコロッといくと思うけどなぁ…」

かすがにしときなよボインだし、と教師らしからぬ台詞で締めくくると、小十郎が「まぁアイツも悪くねえが」と続ける。

「高校生でガキが出来ちまってもしらねえぞ」

いいのか?と問われ、佐助は、あー…と低く唸りながら思考を巡らせた。
少しして、ぴたりと唸り声を止めると

「そこは、ゴムをつける方向でひとつ…」

よろしく、ね?とへらりと笑う。今は教師の体裁を保つより己の貞操を守る方が重要だ。
予想外の返答に小十郎は一瞬キョトンとし、佐助の肩に額をつけてククッと笑い出した。

「やっぱり先生は面白ぇな」

しばらくクツクツと笑っていた小十郎がピタリと止まった。顔を上げると唇が触れそうな程の至近距離で佐助に言う。

「俺は先生が欲しいんだ」

年齢よりもずっと大人びた渋い声に真剣な眼差し。
呑み込まれそうな雰囲気に佐助はゴクリと喉を鳴らした。
ドクドクと煩く騒ぐ鼓動が密着している小十郎に筒抜けかと思うと、益々動悸が激しくなる。
瞳は泳ぎ、口から出るのは、いや、ほら、ねぇ…と意味のない言葉ばかり。

「いや、ほら、そのぉ…。そうッ!俺様最近便秘しててさ。だから今日はやめとこ。ね?」

散々頭を悩ませて、出てきた台詞がこれである。
片倉だってそんなのイヤだろ?と言えば、小十郎は佐助の耳に口を寄せ

「俺の大きな浣腸をぶち込んでやるぜ」

と卑猥に囁き、耳たぶを甘噛みした。
ゾクリと身体の表皮がさざ波立ち、噛まれた耳から熱が広がる。
再び唇を塞がれた佐助は小十郎の胸を押し返した。
これ以上好き勝手にされたらマジでヤバい。

「ヤメッ…片倉、ここまで…」

はぁ、と佐助が息をつくとムスリとした小十郎に抱きすくめられた。

「やだ。やめねぇ。やだ…」

佐助を縋るように掻き抱き、子供のように駄々をこねる。
さっきまでの男前が嘘のようだ。が、佐助はこの時折垣間見る小十郎の子供っぽさに弱かった。
やだやだと連呼する小十郎の背中をあやすように叩きながら

「ほら、やっぱさ、初めてが図書室ってのはちょっと…ねぇ?」

と駄々っ子の顔を覗き込んで、しまったと頬をひきつらせる。
そこに見たのは、してやったりという小十郎の顔。

「それは、まともな場所ならいいって事だよな?」

ニヤリとする小十郎に

「そう聞こえるよねぇ…やっぱり…」

と愛想笑いを返せば

「そうとしか受け取れねえな」

と勝ち誇る。
さっきのが計算だとしたらかなりの策士だ。
今度は佐助がブスリとすると「続きは先生んちでな」と小十郎が破顔した。
その年相応の笑みが可愛くて、片倉だったらまぁいいかと思えてしまう自分に、佐助は苦笑するしかなかった。


end

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