捧物

□料理は愛情!?
1ページ/2ページ

月曜日の昼の事、社員食堂で小十郎がカレーライスを食べていると、後ろのテーブルから中堅らしい女性社員の話し声が漏れ聞こえてきた。

「どうしたの?なんか凄く機嫌がいいじゃない?」

「それがね、昨日旦那が、『いつもありがとう』って、普段家事なんかちっともしないのに、掃除も洗濯もしてくれて、おまけに食事まで作ってくれたの」

「あら、優しい旦那さんじゃない」

「でもさ、そう思うなら、たまにじゃなくて毎日手伝ってくれればいいのにって思わない?」

「だけど嬉しかったんでしょ?」

「まあね…」

もう、ごちそうさま、という話しに、小十郎のスプーンが止まった。
脳裏に浮かんだのは恋人の顔。
同棲を始めて早二年。当初は家事を分担していたが、佐助が得意な事もあり、いつの間にか任せきりになってしまっている。
それにこの所、仕事が忙しくろくに構ってやれていない。
これは、たまには感謝の気持ちを伝えてやらなければ…、と小十郎は思った。

そうしてやってきた日曜日。
前夜の疲労もあり、怠惰な遅い朝を迎えた小十郎は、未だぐっすりと寝入る佐助を残しベッドを出た。
手早く着替えキッチンへ。
日頃の感謝の気持ちを込めて佐助にブランチを作る。
メニューはふわとろオムレツのオムライスだ。
正直、小十郎はあまり料理が得意ではない。
が、この日の為に書店に通い、レシピを頭に叩き込んだ。イメージトレーニングも欠かしていない。

先ずはチキンライス。
玉ねぎをみじん切りにし、鶏肉を1p角に切る。熱したフライパンにバターを溶かして鶏肉を投入。色が変わってきたら、続いて玉ねぎ。しんなりしてきたらケチャップ。
ここでケチャップをよく炒めて、コクをだしてからご飯を入れる。
全体によく混ぜながら炒めて、塩、胡椒と隠し味に醤油を少し。
フライパンの中、佐助の髪色のように朱く色付いたチキンライスを見下ろし、コンロの火を消して一言。

「完璧だ…」

続いてオムレツ。
一度フライパンを洗って、再びコンロへ。
小十郎の目指すオムライスは、チキンライスに乗ったオムレツにナイフを入れると、とろっと開くあれである。
小十郎が玉子を溶きほぐしていると、佐助が起きてきた。

「おはよう。て、何してんの?ご飯なら俺様が作るのに…」

オムライス?と手元を覗く佐助を、小十郎はクルリと後ろを向かせ、背中を押した。

「今日は俺に任せとせ。昨夜はちょっとヤリ過ぎたからな、まだ身体が怠いだろ?」

佐助から小十郎は見えなかったが、声の調子からその顔は想像出来た。

「なッ!わかったよ。期待して待ってるから!」

照れ隠しに怒鳴りダイニングに戻ると、佐助はテレビの電源を入れた。

熱したフライパンに牛乳と塩、胡椒を入れた玉子を流し入れる。大きくかき混ぜながら、半熟になってきたら縁を内側にめくり入れながら形を作る。
大体まとまってきたところで、フライパンを傾け向こう側に玉子を寄せる。
ここでひっくり返したいのだが…。
もたもたとしているうちに、中まで火が通ってしまった。オムレツの中央あたりをつついてみたが、半熟らしい柔らかさがない。
とりあえずこれは自分が食べるとして、チキンライスに乗せる。
次が本番だ。
フライパンを洗って、三度コンロへ。
玉子をまとめて、あとはひっくり返すだけというところで、やはりもたついてしまった。
またもや出来上がったのは固いオムレツ。

「チッ、仕方ねえな…」

本来なら佐助の前でナイフを入れ、とろりとするオムレツを見せたかったのだが、それが出来ないのでここでオムレツにナイフを入れる。が、やはり思ったようにオムレツが開かず、所々玉子が破れ、どうにも見栄えがよろしくない。
こういう時はケチャップで飾り付けて誤魔化すに限るとばかりに、黄色いキャンパスに『アリガトウ』と書いてみた。が、どうにもピンとこない。
上からハートマークで隠してみるが、3つハートが並んだところで、照れ臭いを通り越してアホらしくなり、全面を真っ赤に塗りつぶした。

「名前にするか…」

もう一皿の黄色いキャンパスに『さすけ』と書いてみたが、やはりピンとこない。
仕方ないのでこちらも赤く塗りつぶした。



「待たせたな」

コトリと佐助の目の前に置かれたのは真っ赤な山の乗った皿。
小十郎は佐助の向かいに腰をおろし、ローテーブルに同じく赤い山の乗った皿を置いた。

「え…あー…いただきます…」

佐助は恐る恐るスプーンを持ち、真っ赤な塊に突き刺した。真正面で小十郎に注目される中、一掬いして口に運ぶ。

「どうだ?」

口を閉じた途端に訊ねられ、佐助はちょっと待ってよ、と言って、もぐもぐと噛み締めると飲み込んだ。
小十郎を見返して感想を一言。

「ケチャップの味しかしない」

「…そうか…」

少しばかり肩を落とした小十郎に佐助が続ける。

「でもほら、ケチャップを少し退かせばいいだけだから。こうすればおいしいよ」

スプーンでケチャップをこそげ取り、覗く黄色を口に入れる。

「うん、なかなかうまく出来てるじゃん」

そうして食べ続ける佐助を見ながら、小十郎がひとつ溜め息を漏らした。

「やっぱり、日頃からやってねえとうまくいかねえな…」

小十郎の呟きに、佐助が不安そうに言う。

「どうしちゃったの?今日は急に料理なんて。もしかして、俺様の料理に不満があるとか…?」

「そんな事ある訳ねえだろ。いつもテメエにやらせてばっかだからな、たまには、まあ…楽させてやろうっていうか、そのお礼ってところだな…」

そう言って、バツが悪そうに笑った小十郎に佐助は、なぁんだと笑い返す。

「そんな事気にしなくていいのに。俺様が好きでやってるんだからさ」

「でもよ、今時料理の出来ない男ってのもな」

ケチャップをこそげながら言った小十郎に佐助が答える。

「小十郎さんは出来なくていいんだよ。なんでも出来るようになったら俺様が要らなくなっちゃうじゃん」

ね?と笑う佐助に小十郎はスプーンを咥えたままで眉を寄せた。

「その言い方じゃ、まるでテメエは俺のお手伝いさんみたいじゃねえか」

「ん…そう聞こえた?」

曖昧に笑う佐助に小十郎は眉間の皺を深くした。

「腹に抱えてる事があるなら言っちまえ」

スプーンを咥えて、うーんと唸っていた佐助は、観念したのか口を開いた。

「…たまに、ホントにたま〜にだけど不安になるんだ。小十郎さん、もてるだろ?だから…さ、これでも必死に胃袋掴んでんだよ?わかる?俺様の気持ち。だから、料理上手になられたら困るんだよ」

なんてね、と眉を下げて情けない顔をする佐助に小十郎は

「そんな心配なんか要らねえよ。だから、これからは時々料理をえてくれねえか?ふたり分の愛情が入れば、相当うまい物が出来るだろ?」

な?と、したり顔をしてみせた。


end

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ