捧物

□white&black
1ページ/3ページ

織田、上杉、武田、伊達、豊臣の5大ファミリーのボスが一堂に会するコミッションの席で、その惨劇は起きた。
光秀の部下数人が乱入し、身体に巻かれた爆弾を爆破させた。
会議の場は粉々に吹き飛び、建物ごと大炎上。もちろん生存者などいるはずもなく、この時から光秀の恐怖政治が始まった。
法は正義を遵守するものではなく、彼が他者を隷属させる枷と成り下がったこの街では、金と暴力こそが世界の中枢であり真実となったのだ。

それぞれ、伊達と武田のファミリーに属していた小十郎と佐助は、当然光秀などに恭順する気はなかったが、他に生きる世界を知らなかった。




狭い路地からメインストリートに飛び出したドゥカティ・モンスター696の赤いボディが、真昼の陽光に輝く。その鉄のモンスターを操るのは、真っ白な三つ揃いのスーツで身を包み、真っ白なフルフェイスのヘルメットを被った男。
ミラーシールドで隠された顔は窺えない。
赤いモンスターは前を走る自動車の隙間をくぐり抜け、縦横無尽に駆け巡る。
白いロールスロイスを見つけると、その右側を併走する。
男はおもむろにグリップから左手を離し、後部座席のスモークガラスに腕を伸ばすと、手にしていた拳銃、コルト・パイソンのトリガーを引いた。
パン、と軽い破裂音と同時にガシャリとスモークガラスが砕ける。
男はシートに倒れる老人を目の端に確認すると、スロットルを全開に走り出した。



カジノのセキュリティールーム。
三方の壁を埋め尽くす一面のモニター。その前で、青白い光に照らされながら、黒ずくめのスーツの男はいくつかあるブラックジャックのテーブルを映すモニターのひとつを睨みつけていた。
この男、小十郎は、このカジノを任されているマネージャーだ。
手にしたヘッドセットのマイクを口元に寄せる。

「Bー8。ギャラリーのグレーのスーツの紳士と、今離れたキャメルのブルゾンの男をVIPルームへ」

それだけ言うと、小十郎は部屋を出た。
明るい廊下の照明に目をしかめ、スーツのポケットからサングラスを出して俯きかげんにかける。
向かうVIPルームとは、名ばかりの拷問部屋だ。



カジノのエントランスにドゥカティが滑り込む。
リアタイヤをキュルルル…とスライドさせ、白煙をあげて停車すると、ひとりの黒ずくめの屈強な男が駆け寄った。
ドゥカティの男は白いフルフェイスを取ると、ベストとYシャツの隙間に突っ込んでいた白いソフト帽を出して赤毛を隠す。
白ずくめの男、佐助に男が声をかける。

「カポレジームがお待ちです」

「わかってる」

カポレジームとは、ファミリーの幹部を表す名称である。
短く返し、佐助がカジノの煌びやかなホールに足を踏み入れると、奥から黒服ずくめの男に引きずられ、血まみれの男が外に放り出された。
着ているブルゾンは所々切れ、元の鮮やかなキャメル色は血に染まり見る影もない。
いかさまをしたか、客の財布に手を出して、あの男の制裁を喰らったのだろう。
佐助はそれを横目に、カジノのフロアを進んでいった。
カジノの奥、スタッフルームの中でも他とは異なる重厚なドアをノックして、返事も待たずに室内へ入る。
と、豪奢なソファに座る小十郎に迎えられた。
ソファの両側には部下をふたりずつ従えている。これまた屈強で頑強そうな男達だ。

「上杉ファミリーの残党が粛清された…」

立ち上がった小十郎が挨拶代わりに言うと、佐助は呆れたように肩を竦めてみせた。

「またか?悪い噂が立てばすぐ粛清。全く、うちのボスはケツの穴が小さいったらないねぇ」

皮肉る佐助を「馬鹿!余計な事言うんじゃねえ!」と小十郎が戒めるも、当の本人はおどけて肩をすくめるばかりだ。部下の前でボスをけなすなと散々言っているが、反省する様子はない。
そんな佐助に嘆息し、小十郎は白い左腕を掴んだ。

「テメエが殺ったのか?」

目的語のない問いに、佐助は何の事?と首を傾げる。

「とぼけんな。上杉の奴らだ。硝煙の匂いが残ってる…テメエか?」

ああ、その事…と呟いて、佐助は小十郎の鋭さに些かうんざりする。
上杉ファミリーの生き残りのリーダー、かすがは佐助と同じスラム街の出身でお互い知らぬ顔ではない。
その事を気にかけての小十郎の問いなのだろうが、それならば見逃すのが優しさというものだ。
佐助はお返しとばかりに盛大に溜め息を漏らすと「俺様が殺ったのは北条の御隠居」と白状し、小十郎から腕を振り払う。
小十郎に背を向けドアノブを握ると

「それより、例の物を運ぶんだろ?ボスがお待ちだ、早くしようぜ」

言って、部屋を出た。
地下駐車場に降りると、一台の自動車を黒ずくめの男達が警護している。ボス光秀への上納金を積んだ現金輸送車だ。
小十郎と部下のひとりが黒いベンツに乗り込み、佐助と部下のひとりが現金輸送車に。もう一台の黒いベンツに部下がふたり乗り込むと、小十郎の乗るベンツがスタートした。
地上のゲートを抜けてメインストリートに出る。行き交う自動車を押しのけて片側三車線ある道路を横切り、反対車線に合流すると、何事もなかったように三台は流れに乗って走り出した。
小十郎の乗るベンツを先頭に、現金輸送車を挟んで走る。
佐助はそろそろ交差点に差し掛かるという所で、運転席に座る部下に話しかけた。

「あのさぁ、俺様ちょっとトイレに行きたいんだけど、そこ、右に曲がってくんない?」

「決められた道を外れる訳にはいきません」

「まあ、そういわないで、さッ!」

――ゴッ!
言い終わるのと同時にコルト・パイソンのグリップが部下の側頭部に入った。

力なくドアに凭れた部下は、どうやら気絶したらしい。
佐助はハンドルを握ると思い切り右に回した。キキィイイイ…とタイヤが軋み、現金輸送車はバランスを崩しながらも交差点を右折する。
突然進路を変えた輸送車を追い、後続していたベンツも慌ててハンドルをきる。
続いて佐助の無線に叫び声が聞こえてきた。

『カポレジーム!輸送車が進路を変えました!どうした!?何があった!!』

前半は小十郎に、後半は佐助への呼び掛けだろう。

「んー、ちょっとトイレに。なんちゃって」

ルームミラーにぶら下がるトランシーバーにふざけて言いながら、佐助は運転席でのびる部下を助手席に追いやった。途中ハンドルが大きく切れ、輸送車が蛇行する。隣車線を走る乗用車を弾き飛ばした。

『猿飛、どういうつもりだ!』

トランシーバーから小十郎の怒号が飛ぶ。
先行していた小十郎のベンツがUターンして輸送車を追いかけてきた。

「だから、トイレが我慢できなくてさぁ」

佐助の返事は相変わらずだ。

『ふざけるな!!』

苛立つ小十郎に、佐助が答える。その声は今までの のんびりとしたものではなく、低く冷たい。

「ふざけてなんかないさ…」

佐助は窓からコルトパイソンを握る腕を伸ばすと、サイドミラー越しに黒いベンツに銃口を向けた。
次の瞬間、左のフロントタイアを撃ち抜かれたベンツはスピンし、後続車と激突。
次々とクラッシュが起こり、その後ろを走っていた小十郎のベンツは行く手を阻まれ、輸送車を見失った。


.

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ