捧物

□white&black
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――ダン!

進路を塞ぐ車の列に、小十郎は怒りも露わにダッシュボードを叩いた。
グッと拳を握り締め、ギリリと前方の混乱を睨みつける。

「輸送車の位置を確認しろ!早く追うんだ!カジノの奴らも出るように連絡しろ!」

もしもに備え、現金輸送車にはGPSを用いた位置把握装置が搭載されている。

「は…はい!」

もたもたとパソコンを取り出す部下を尻目に、小十郎は携帯を口元に運んだ。
この事態をボスの光秀に報告しない訳にはいかない。
数コールで繋がったが、相手は無言。これはいつもの事なので、小十郎は構わず用件だけを伝える。

「猿飛が金を輸送車ごと強奪しました。位置を確認次第追跡します」

携帯の向こうでフゥ、という吐息が漏れる。続いて、嫌悪しか感じない厭な声が鼓膜を震わせた。

『大それた事を…処分は任せます。…まさか、貴方まで私を裏切りはしないでしょうね…?おふたりが「いい仲」なのは知っていますが…まあ、揃って地獄に堕ちたいというなら、私は止めませんよ…』

フフフフ…と不気味な笑い声を出す携帯を、小十郎は足元に投げつけて黙らせた。

「位置、捉えました!8番街を直進…港に向かっているようです!」

そうか、と唸るように答え、小十郎は部下と代わりハンドルを握った。
ギアをバックに入れ、立ち往生する車の隙間を縫って方向転換すると、躊躇せず反対車線に飛び込んだ。
向かってくる車をスルスルとかわして逆走する。
助手席で縮こまる部下を無視し、小十郎はただ港を目指した。


今は使用されていない埠頭の一角。
立ち並ぶ巨大な倉庫の一棟の片隅に、乗り捨てられた輸送車を見つけた。
後部の扉は開け放たれ、現金の入れられていたケースはひとつもない。

「船か…?」

が、ここから船舶が接岸する岸壁までは距離がある。
海側を見渡すが、錆びたコンテナが広大な場所を占めているのが見えるだけ。
広がるコンテナヤードに現金は隠せても、運び出せるような物はない。
小十郎があたりを見回していると、部下が「あそこに!」と叫んだ。

「カポレジーム!倉庫の外階段に人影が!!」

ハッと見上げた先、小十郎はそこに真白い姿を見た。
佐助に、間違いない。

『処分は任せます』
光秀の声が脳裏をよぎる。

――やはり、殺すしかないのか…。

小十郎はジャケットの下のコルト・トルーパーのグリップを握った。


駆け上った倉庫の屋上。
そこにはヘリコプターが一機と、その傍に白い人影がひとつ。

「猿飛」

「あれぇ、もう見つかっちゃった?」

振り返った佐助は、へらりと笑っている。

「テメエ、どういうつもりだ…」

小十郎は怒りを滲ませ、コルト・トルーパーを佐助に向けた。

「どういう…?そりゃあ、ボスの言うこと聞いてるのがイヤになったのさ。アンタだって、本当はあんなのの犬やってんのに飽き飽きしてんだろ?」

トリガーに掛けた指に、小十郎が力をこめる。
と、佐助がジャケットの前を開き、身体に巻き付けられた配線を露わにした。

「おっと、待ちなよ。俺様を殺すと、このヘリに積んである爆弾が金ごと爆発する。それともうひとつ、この爆弾の威力は半端ない。下のフロア2階分は吹き飛ぶぜ。ボスの大事な金を灰にしていいのか?」

さあ、どうする?と勝ち誇ったように佐助が口の端を吊り上げた。
が、小十郎は腕を下ろさない。

「テメエを生かしといた所で金は戻らねえ、違うか?」

「…何が言いたい?」

佐助の顔から笑みが消えた。

「どっちにしろ戻らねえなら、俺は…お前を『処分』する」

言いながら、小十郎が一歩、また一歩と佐助に歩み寄る。
照準は合わせたままだ。

「本気か?アンタも死ぬぜ…?」

「構わねえよ。金を取り返せなければ、どうせ俺も『処分』される」

「なるほどね。まあ、アンタと心中ってのも悪くない、かな?」

「嬉しくて涙が出るだろ?」

さぁてね、とわざとらしく肩を竦めてみせる佐助にニヤリと笑い、小十郎は立ち止まると銃を構え直した。
佐助を睨みつけたまま、後ろに控える部下に言う。

「テメエは早く逃げろ。あとの報告を頼む」

「し、しかし…」

「命令だ」

断固として言い放った小十郎に、部下は顔を伏せた。

「了解しました…」

どうぞ、ご無事で…、小さく言うと、躊躇いながらも小十郎に背を向け走り出す。

――カンカンカン…

階段を駆け下りる足音がふたりの間に響く。
徐々に遠くなる足音をカウントダウンに、小十郎の指に力がこもった。




凄まじい爆音と爆風と衝撃。
倉庫の外階段を半分ほど降りて、それは起こった。
ひとり逃げてきた部下が空を見上げると、ヘリコプターの残骸らしき物と焦げた紙切れが黒煙とともに青空を舞い落ちてくる。
小さな爆発音が2、3続き、あたりは静寂に包まれた。



数時間後、辛うじて残った足場に立ち、数名の部下を従えた光秀は屋上にぽっかりと空いた穴を無表情に見下ろしていた。

「あのふたりは、死にましたか…金も取り返せず…まあ、仕方ありませんね…」

フン…と冷笑を残し、光秀はひとり報告に来た部下を眺めた。

「よく報せてくれました…」

フフ…と笑みを浮かべた顔は、次の瞬間すべての感情を打ち消した。

「役立たずは、必要ありません…」

非情な声を合図に、光秀の部下のひとりの拳銃が火を噴いた。
小十郎と佐助の顛末を報告した部下は、額を撃ち抜かれ仰向けに倒れる。
男を無表情に見下ろして、光秀はその場をあとにした。




  *  *  *  *

光秀が優秀な部下ひとりと、ヒットマンとしては凄腕と言える部下を失った日の夕刻。
街から遠く離れた荒野の一本道を、一台のありふれたトラックが走っていた。

「あー、やっぱ勿体無かったなあ。ヘリに残すの偽札でよかったんじゃね?」

と言ったのは、助手席に座る真っ白な三つ揃いの男。

「リアリティは重要だろうが。軽く50億はあるんだ。退職金には十分だろ」

ハンドルを握りながら、黒ずくめの男が答えた。

「にしてもさぁ、なかなかの熱演だったのに、ギャラリーがひとりだけってのは寂しすぎ。あーあ。あの陰険銀髪ロン毛ヤローにも見せたかったぜ…」

と言うと、白ずくめの男は、あーあ、と伸ばした腕を頭の後ろで組んだ。

「無理言うんじゃねえ。アノヤローが俺らの思惑通りに動くわけがねえだろうが」

「まぁね。屋上に残られたら反対側の階段から逃げるなんて無理。安全な場所まで降りてヘリを爆破。あとは下に用意した、金を積んだコイツに乗ってふたりで逃避行。ホント、さすが元伊達ファミリーのコンシリエーレ(顧問)、完璧な計画で御座いますこと」

「まあ、組んだのがテメエだったからな。成功して当然だろう」

「これはこれは、有り難きお言葉」

「ククッ――」
「ハハハッ――」

どちらともなく漏れた笑い声。
一台のありふれたトラックは、ふたりの男と大金を乗せて荒野を走る。

限りなく、自由な世界へ。


end

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