捧物

□紅葉
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真っ赤な紅葉の木の横に佇ずむ影がひとつ。

紅葉の赤に紛れて揺れる朱い髪。

顔は、わからない。

ただ薄くて赤い唇が己の名を象り、ゆるりと弧を描いく。

その笑みが酷く切なく胸に響いた。



     *  *  *

11月のとある休日の昼下がり、小十郎と佐助は出店で賑わう街のメインストリートを歩いていた。
街路の両側に規則正しく並ぶ鈴蘭のデザインをした街灯には、『ふるさと収穫祭』と書かれたカラフルな垂れ幕が吊るされている。
それは街の活性化を狙って商工会が数年前から始めたイベントで、お決まりのお好み焼きにタコヤキ、チョコバナナ、金魚すくいや射的の屋台などに紛れ、地元の農家が大根だの白菜だの採れたての野菜を直売していた。
このあたりが『収穫祭』と冠するところらしい。
小十郎は野菜の直売を見つけるたびに足を止め、その育て方について農家の人と話していた。
今も、まるまるとよく太った大根の前で足を止め、一体どんな肥料を使っているのだろうと考えている。
すると、トントンと肩を叩かれた。
ほとんど条件反射で振り向けば、細い指が頬を突く。
やったなと指の主を睨んで小十郎はびくりと肩を揺らした。
後ろに立つのが想像した顔ではなく、白い狐の面だからだ。それは目を赤く縁取られ、鼻より下はなく口元が露わになっていた。

「引っ掛かった。てか、今『ビクッ』てしたっしょ。何?片倉さんこれ見て驚いちゃった?」

己の顔を指差して、狐が口を吊り上げて笑う。

「ンな訳あるか…」

不機嫌な低い声で答え、小十郎は狐の面を取ろうと腕を伸ばした。が、狐はひらりと身を翻し小十郎から離れると、こっちにおいでと言わんばかりに逃げ出す。

「おい、待て佐助!」

小十郎も狐こと佐助を追って駆け出しだ。
佐助は人混みを抜け小道に入った。
両側を平屋に挟まれた路地の風景は、どことなく非日常を思わせるようで、郷愁を誘う。
平屋の立ち並ぶ区画を抜けると目前に石段があり、その頂上にこじんまりした雑木林と鳥居が見えた。
石段を駆け上がり鳥居をくぐると、ぐるりとシイの木に囲まれた中に狛犬を従えた御堂があった。
佐助は賽銭箱の前で膝に手をつき、ゼェゼェと息をついている。狐の面はつけたままだ。
小十郎は荒い呼吸を整えながら佐助に歩み寄る。
佐助が「あー…しんど…」と身体を起こすと「お参りでもしてく?」と鈴緒(すずお)を掴んでカランカランと鈴を鳴らした。

「今年も残り少ねえし、初詣ン時でいいだろう」

言いながら小十郎が狐に伸ばした腕は、またもするりとかわされた。
佐助は小十郎の手から逃れると、スキップするように飛び跳ねながら御堂の裏に姿を消した。

「ふざけやがって…」

小十郎はチッと舌打ちし佐助を追う。
御堂の裏に回ると真っ赤な紅葉の木が一本あり、佐助はその横に佇んでいた。

「片倉さん知ってる?その昔、祭りっていうのは男女の出会いの場だったんだぜ。祭りの雰囲気で盛り上がったふたりは、そのままどこかに……この続き、わかる?」

真っ赤な紅葉の横で朱い髪が揺れる。クスクスと笑う狐は、まるで紅葉の精のようだ。
まさに狐につままれたようにぼんやりと見つめていると、佐助がぱさりと面を落とした。

「ねぇ小十郎さん…」

薄くて赤い唇が己の名を呼び、ゆるりと弧を描く。
酷く妖艶で、酷く儚く見える笑みが小十郎の心を鷲掴む。
小十郎はこの笑みを、きっと忘れはしないだろうと思った。

佐助は妖艶な笑みのまま、小十郎の両肩に両腕を乗せると身体を預けた。
至近距離に迫る佐助の顔。
随分と積極的な恋人に、小十郎はいささか面食らった。
先程から不可思議な事ばかり起きている。
これは益々もって狐に化かされているのかもしれない…と、そんな思いが頭を過ぎる。

「おい佐助。何か悪いものでも食ったか…?」

艶めかしく己を見つめる佐助に慎重に訊ねれば、

「片倉さんが野菜ばっかり見てるから…。俺様の事も見てよ…」

と拗ねた口振り。
佐助の愛らしい嫉妬に思わず頬が緩みそうになった小十郎は、眉間に力をこめてそれを耐えた。

「野菜なんかに妬いてどうする」

「わかってるけど…」

視線を逸らした佐助は、しかしすぐに小十郎と瞳を合わせる。

「それよりさ、焼きもち妬いたら片倉さんが欲しくなっちゃった」

あっけらかんと言われ、これには小十郎も呆れた。

「こんな寒い中屋外で、それも神様の見てる所でやろうってえのか?」

「神様とか信じないけど、見たいなら見せてやればいいじゃん」

「いや…見たくはねえだろうよ…」

小十郎は溜め息混じりに呟いた。

「何?片倉さん。俺様がこんなにヤル気になってんのに断ろうっての?据え膳食わねば男じゃないよ!つか…あ、わかった。神様の前で怖じ気づくって事はアンタの愛は偽物なんだ!」

佐助は小十郎の肩から腕をおろすと、両手で目の前の胸を突っぱねた。
小十郎はよろめいて一歩後ずさる。

「なんでそうなる?」

「だってそうだろう。神様の前で契りをかわすって事は、永遠の愛を誓うのと同じだろ?」

「まあ、理屈はわからなくもないが…」

佐助から出た『永遠の愛』という言葉がむず痒くて、小十郎は頭を掻いた。

「俺様は誓えるぜ。もしも輪廻転生なんてのがあるんなら、何度生まれ変わっても、絶対片倉さんを見つけ出して好きになる」

真っ直ぐと己を見据える佐助に、小十郎は頭にあった手をおろした。下を向いてひとつ吐息をもらすと顔を上げる。

「……俺は随分と厄介な奴に惚れられたものだな…」

口ではそう言いながら、顔は満更でもないように笑っている。

「地獄の果てまでついて行くから、覚悟してろよ」

「言ってくれるな。その誓いってやつが本物か試してやる。それと――」

小十郎が佐助をぐいと引き寄せた。
しっかりと腰を抱くと獰猛な笑みを浮かべる。

「俺の愛を偽物呼ばわりした事、後悔させてやるからな…」

言うやいなや、小十郎は佐助の唇に噛みついた。





  *  *  *  *

小十郎は政務の合間に庭に出て、赤く色付く紅葉を眺めていた。
なぜだか、この赤を見ていると小十郎は無性に誰かに会いたくなる。
だが、それが誰であるかは分からない。

一体それは誰なのか――…


「片倉の旦那!」

小十郎が赤い幻に思いを馳せていると、空から声が降りてきた。
見上げれば佐助が空から降ってくる。
あっと思う間もなく、小十郎の前に降り立った。
紅葉の前、「片倉の旦那、みぃつけた」と言った佐助の口がゆるりと弧を描く。

その瞬間、小十郎は赤い幻の正体を知った。

「今、独眼竜に文を渡してきたとこでさ…」とひとり喋る佐助の声は、小十郎の耳をすり抜ける。

真っ赤な紅葉に見つめられ、小十郎は佐助を引き寄せると唇を合わせた。



それは、
果てなく巡る恋の始まり――



end

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