捧物

□冷静と情熱のあいだ
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「吊し柿にございますか?」

小十郎は庭に面した縁側でくつろぐ主に声をかけた。
軒下には裸に剥かれた柿の実が暖簾のように垂れ下がっている。

「ああ、上田に行って土産に貰った柿の実だ」

「そういえば、真田の所にもありましたな」

「ああ…こうしてbreakするのも悪かねぇだろ?」

そう悪戯っぽく言った主の横顔に、小十郎はなぜだか胸が騒いだ。




小十郎が胸騒ぎの正体を知ったのは、それからひと月後の事だった。
朝晩の冷え込みが厳しくなり、真白な冬の訪れもそろそろかというある早朝の寒稽古。

カン、カカン、ガッ――

冷たい空気を切り裂く、木刀のぶつかり合う激しい音。
木刀を交えたままで睨み合い、一度後ろに飛び退いて互いに間合いをとる。

一瞬の静寂の中、一枚の枯れ葉が舞い、ふたりの間にひらりと落ちた。
その瞬間、政宗が地を蹴り一気に間合いをつめる。
上段から振り下ろされる刀を、小十郎が下から振り上げる刀で受けた。が、政宗の力が上回り、小十郎は木刀ともども弾き飛んだ。

「お見事です。政宗様」

「テメエが鈍(なま)ってんじゃねえのか?」

立ち上がった小十郎に、ニヤリと答えて政宗が手拭いを投げる。
身体から立ち上る白い湯気。
小十郎は上着の袖を抜いてバサリと下ろすと、吹き出る汗を無造作に拭い始めた。
政宗も小十郎に倣い上着を下ろす。
首筋を伝う汗を拭いながら何気なく向けた視線の先、政宗は小十郎の背中に小さな爪痕を見出した。
肩甲骨の下、小さな小さな三日月型の赤い痕が四つ。
その瞬間、政宗の脳裏を掠めたのは、昨日訪れた武田の忍。

小十郎と佐助の関係には、薄々感づいていた。
己の想いに気付いてから、政宗はその朱を隻眼で追っていた。
いつも眺めていたからだろう。
それ故に、ふたりの関係に気付いてしまったのだ。

だからといって、咎めるつもりも奪うつもりも政宗にはなかった。

かの男は、小十郎を選んだのだから――


この想いは、自分だけのほろ苦い秘密。
敏(さと)い小十郎に知れぬよう、胸の奥底に封印した甘酸っぱい片想い。

それなのに――

生々しい現実を見せつけられた政宗の胸に、嫉妬のマグマが湧き上がる。

もうすぐこの地は、白い雪に閉ざされる。
そうなれば、彼との逢瀬もしばしのお預け。
昨夜はきっと、

(さぞやhotな夜だったろうよ…)

佐助のあられもない姿が浮かんで消える。
気がつけば、口が勝手に動いていた。

「Ha!!ゆうべはお楽しみだったらしいな。どうりで刀が鈍るはずだ。小十郎、俺の右目を自負するなら忍ごときに現を抜かしてんじゃねえ。それとも、猿飛の野郎に弱みでも握られたか?」

主の言葉を背に受けて、小十郎は絶句し振り返った。

「政宗、様……何を訳のわからない事を…」

ギッと睨んでいた隻眼は、小十郎の困惑した表情を捉え、ハッと驚愕に見開かれる。

――今自分は、何を口走ったのか…。

政宗は瞳をさまよわせ、己の足元に目を落とす。
ふう、と一度息を吐き、Sorry…と出掛かった言葉は小十郎に遮られた。

「政宗様…もしや猿飛を…」

俯き、ぐっと手拭いを握り締めた政宗に、小十郎は確信した。
まさか、己の主が自分の恋人に心を寄せていたなんて…。
軒下に連なる橙を、切なげに眺める主に感じた胸騒ぎの正体。それが、主の秘めたる想いだったとは――。

俯く政宗に、小十郎は動揺した。
主の想いを知った今、竜の右目として、己はどうするべきか。
政宗の想いは、遂げさせてやりたいと思う。
だがしかし、政宗と佐助では身分が違いすぎやしないか。

小十郎は、俯く主に向かって口を開いた。

「政宗様。御自分のお立場をお考えください」

政宗が顔を上げた。

「一国の…いえ、この天下を統べようという貴方様が、一介の忍に気を逸らされるなど、あっていいはずがありません」

毅然と言い放った小十郎に、政宗は不快感を露わにした。

「だから…諦めろって言いたいのか?俺が国主だから、地位があるから、立場があるから、だから、諦めろと?」

「はい」

厳しい顔で答えた小十郎を政宗が鼻で笑う。

「Ha!誤魔化すんじゃねえよ…違うだろ、小十郎。そうじゃねえ。俺に立場があるってんなら、お前だってそうだ。テメエはそんな陳腐な理由で俺に諦めろって言うのか?違うだろ?素直に『佐助は俺のもんだ。誰にもやらねえ』そう言やいいだろうが…」

政宗は握っていた手拭いを地面に投げつける。

「それとも、テメエにはそれを言うだけの想いがないのか?猿飛は身体だけの相手か?」

真っ直ぐと己を射抜く隻眼に、小十郎は思わず目を伏せた。
凍てつく空気が小十郎の剥き出しの肌を刺す。その中で、熱を放つのは情事の爪痕。

「どうした小十郎。答えろよ…」

返答を急かす主の声に、小十郎はきつく目蓋を瞑った。
確かに、政宗の言う通り、立場があるのは自分も同じ。
それを理由に政宗に諦めろというのなら、自分も佐助と別れるべきだ。

顔を上げた小十郎の両の眼に、木刀を構えた政宗の姿が飛び込んだ。

「返事が出来ねえところをみると図星ってか!?ハッ!そんな奴に猿飛は預けられねぇ。構えろ小十郎。俺が勝ったら、わかるな?」

政宗を見つめ、小十郎は自問自答を繰り返す。

政宗の右目として、己はどうするべきか…。

――俺は、アイツと離れられるか?
――俺は、アイツを誰かに譲れるか…?

(俺は…「俺」、は――…)

心を決め、小十郎は木刀を拾い上げて構えた。
ふたりの間に、一陣の風が吹き抜ける。
それを合図に、政宗と小十郎が動いた。

勝負は一瞬で決した。

小十郎に踏み込む政宗が、下から木刀を振り上げる。
が、小十郎が素早く政宗の死角である右側に回り込み、木刀の切っ先を主の喉元に突きつけた。
静止した政宗に小十郎が低く言う。

「佐助は俺のもんだ。誰にもやらねえ」

これが『竜の右目』ではなく『片倉小十郎』として出した答え。
言い終えると、小十郎はスッと木刀を引き一歩退いた。
呆然とする政宗に、「失礼致しました」と深々と頭を下げる。
と、政宗の口から笑い声が漏れだした。

「クッ…ククッ…ハッ、フハハハハハ…、Okay,小十郎。テメエにしては上出来だ」

ククッと喉を鳴らし、先に戻ると言った主の背を小十郎は見送る。


冷たい空気に身体が冷えていく中で、昨夜の爪痕だけが熱く疼いた。


end

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