捧物

□秋茄子の縁
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甲斐と奥州が同盟を結んでからというもの、佐助の気は重かった。

夏のある日、佐助は毎度のごとく幸村の恋文を政宗に届けにやって来た。
政宗はひとり、部屋で蹴鞠に興じていた。

「よお、猿飛。そろそろくる頃だろうと思ってたぜ」

鹿革でこしらえた鞠を、ポフンポフンと器用に右足左足と交互に蹴り上げる。

「何それ?」

「蹴鞠だろうが。見てわかんだろ」

「いや、そうじゃなくて…なんで蹴鞠?」

と不思議がる佐助に、政宗がニヤリと笑った。

「西国まで偵察に行ったら、長曾我部んとこのヤロー共がこれにハマっててよ。なかなか面白いんで持って帰ってきた」

「あっそう…」

いつの間に西国まで行ったんだか。どうせまた無断で出歩いたんだろう。自由奔放な主を持って右目の旦那も大変だ、と同情したところで、佐助はふるりと身震いした。
『なんだ猿飛、俺のことを気にかけてくれんのか?テメエ、やっぱり俺に惚れてんな?』とニヤリと笑うかの男が頭を掠めたからだ。
ブンブンと首を振り、佐助は小十郎の顔を追い払うと政宗に手紙を突きつけた。

「はい、真田の旦那から。しかとお渡ししましたよ!」

んじゃね、と消えようとして、佐助は政宗に腕を掴まれる。

「待てよ。小十郎に挨拶くらいしてったらどうだ?そういや、キュウリとナスが豊作で余ってるって言ってたな。今頃、畑でやり場に困ってるだろうよ。ならなんなら、呼んできてやろうか?」

ニヤリと笑う政宗は、面白がってよく佐助に小十郎をけしかけてくる。
全く、主従揃って厄介だ。

「お気遣いなく」

佐助は無愛想に答えると掴まれた腕を乱暴に振り払い、影の中に姿を消した。

そう、佐助の気分を重くする原因は、奥州筆頭伊達政宗の右目こと、片倉小十郎の存在にほかならない。
彼は、伝書鳩よろしく政宗に手紙を届けに来る佐助を捕まえ、なんだかんだと引き留めては「奥州に来る気はないか」だの「真田の倍給料をやるから俺の所にこないか」だのと勧誘してくる。
この前訪れた時には、
「前田夫婦が俺の野菜の噂を聞きつけて、分けてもらいに来たんだが…」
と誇らしげに話し出し、野菜自慢がいつの間にか
「夫婦睦まじいのはいい事だ」
と、前田夫婦の話にすり替わり、気付けば
「テメエとなら夫婦(めおと)みてえに一緒にいても飽きないな」
と肩を抱き寄せられていた。
思い返せば、小十郎の畑の野菜を褒めそやしたのが運の尽き。
いつもの軽い調子でつい大袈裟に、つまりはお世辞と社交辞令というやつだったのだが、小十郎は「そうか、そうか」と盛大に頷き、何とも満足そうに笑ってみせた。
その笑顔に佐助は思わず目を奪われ、何事かしきりに話しかけてくる小十郎の声が耳に入らず、適当に相槌を返したのがいけなかった。
だがそれも無理はない。
戦場で垣間見る、好戦的かつ挑発的な背筋を粟立たせる笑みしか知らなかった佐助には、その時の小十郎の邪気も屈託もない幼子のような晴れやかな笑顔は『意外』の一言でしかなかったのだ。
それからだ。
小十郎が佐助を口説くようになったのは。


季節は移り、実りの秋を迎えたある日の昼。
佐助の姿は幸村と共に奥州は筆頭伊達政宗の居城にあった。

「真田幸村。今日はわざわざ悪かったな」

「そんな礼には及びませぬ。政宗殿に是非食していただきたいと思ったのは某ゆえ…」

そこでポッと頬を染めた幸村は、政宗に差し出した籠に目を移した。そこには黒々と艶やかに輝く葡萄がぎっしりと詰まっている。
いつだったか、恋文のやり取りの中で幸村が『甲斐の葡萄はそれは美味でござる』と書いたのに、『それは一度食ってみてえな』と政宗が返した。
これを覚えていた幸村が、わざわざ自ら届けに来たのである。

「こりゃ美味そうな葡萄だな。真田、知ってるか?外国にはな、葡萄で作る酒があるんだぜ。wineってやつだ。いつか、アンタと飲んでみてえな…」

隻眼を細めて意味深な視線を送る政宗に、幸村の顔がますます色付く。
ふたりの世界に入りつつある政宗と幸村を、主の斜め後ろに控えていた佐助がゴホンとひとつ咳払いをして引き戻した。
と、ちょうどそこへ小十郎が食事の支度が整ったのを知らせに来た。
おう、と短く答え政宗は幸村を連れ立って歩き出す中、「じゃあ俺様はここで」と消えようとした佐助を小十郎がひき止めた。

「馬鹿、テメエもだ」

「いやいやいや。俺様なんかが竜の旦那方と席を同じにするなんて畏れ多い。謹んで御遠慮させていただきます」

「猿飛、俺なら気にしねぇぜ」

とんでもないと手を振る佐助に、廊下に出かけた政宗が言った。
かくして、佐助も会食の席に加わることになったのである。

政宗の右側に小十郎、向かいに幸村。それぞれ主同士、従者同士が向かい合うように座についた。
今回のもてなしの膳は、献立のすべてを政宗が考えたという。
先ず前菜の小皿がいくつか四人の前に出された。
ひとつひとつ説明を受けながら、幸村は料理にも博識な政宗に感心しつつ箸を進めた。


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