捧物

□月のおもい満ちるまで
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城の書斎でひとり、小十郎が文机に向かい書き物をしていると、頭の上でガシャッと瓦が鳴り、続いてガシャガシャガシャッと瓦が軒先に落ちる音がした。
何事かと外に出て、瓦の落ちた軒へと駆けつけてみれば、瓦礫の中にうつ伏せる猿飛佐助の姿を見つけた。

「おい!大丈夫か!?」

慌てて駆け寄り、佐助を抱き起こす。その顔を見て、小十郎は息を呑んだ。
佐助の両目は赤く染まり、血の涙を流している。

「…右目の旦那…?…そうか、俺……」

聞き覚えのある声に佐助が呟く。

「いいから黙っとけ!」

小十郎は焦った声で言い、佐助を横抱きに持ち上げ、侍医の元に急いだ。





夕日の入り込む城の一室に、佐助はひとつ敷かれた布団に寝かされていた。
寝間着の下にはグルグルと包帯を巻かれ、両目にも真一文字に白い帯。
幸い目の傷は目蓋に裂傷をおっただけで、失明に至る事はないとの医者の見立てだ。
他に目立った外傷は背中の打撲だが、骨に以上はみられず、四五日も痛みを我慢すれば治るだろうとの事だ。
小十郎は布団の脇に腰を下ろし、こちらに顔を向け横臥する佐助に言った。

「猿飛、何があったか話せるか?」

「いやぁ、それが……。どうしても聞きたい?」

「ああ」

「聞かない方がいいと思うよ?」

「いいから話せ!」

もったいぶる佐助を一喝し、聞き出したのは冗談のような話しだった。

佐助は飛行忍具に掴まって、毎度のごとく幸村の恋文を政宗に届けにやって来た。
だが、日頃の激務で疲労困憊の上睡眠不足だった佐助は、事もあろうか飛行中に居眠りをしてしまったのだ。ここから先は推測だが、、居眠りした佐助の手は忍具から放れ、そのまま落下したらしい。
全く、なんと間抜けな話しか。
事の次第を聞いた小十郎はほとほと呆れ果て、そして、そこまで己を酷使する佐助に怒りを覚えてもいた。

「全く、この大馬鹿野郎が…」

苦々しく吐き出した小十郎に、佐助は「いやぁ、面目ない…」とへらりと笑う。
全く懲りた様子のない佐助に小十郎が深い溜め息を漏らすと、襖の向こうから「片倉様、夕餉の支度が整いました」と女中の声がした。


夕餉を運んできた女中を下がらせると、小十郎は佐助の斜め左前、太ももが触れそうなほどの距離で向き合い腰を下ろした。
そうして、飯をつまんだ箸を佐助の口元に突きつける。

「ほら、口開けろ」

小十郎が言うも、佐助はなかなか口を開こうとしない。

「どうした?腹減ってんだろうが。毒なんか盛ってねえから安心して食え」

「いや…なんかこう、片倉の旦那に甲斐甲斐しくされるのは畏れ多いと言いますか…ぶっちゃけ、こういうのは綺麗なお姉さんにしてもらいたいなぁ、と」

ねぇ?と佐助がへらりと笑う。
この男は、目の見えない己を気遣う小十郎に、ありがたみの欠片も感じないのか。
小十郎だってこの行為に少なからず羞恥を感じているのだ。
その気恥ずかしさと佐助への苛立ちに、小十郎が声を荒げる。

「テメエは見えてねえくせに文句いうんじゃねえ!嫌だってんなら飯抜きだ!!」

小十郎の怒号に身を竦め、佐助は目の前の箸に食いついた。

それから、佐助は小十郎の突き出す箸に文句を言わずに食いついた。
膳の四分の三ほどの食料を腹に納めたところで「ご馳走様でした。もう十分」と手を合わせる。

「やはりと言うか、少食なんだな。そんなんだから居眠りしちまうんじゃねえか?」

小十郎が自分の膳を食べながら言った。

「お言葉ですが、忍の目方は一俵までって決まっててね。大食いはご法度なんだよ。ところでさ」

「なんだ?」

「明日は上田に帰りたいんだけど」

「ああ?そんな目で何言ってる。四、五日は激しい運動を避けるよう、医者が言っていただろう。却下だ」

素っ気なく答え、小十郎は味噌汁を口にした。

「医者の言いつけなら守るさ。上田まで烏の足に掴まって、おとなしーくしてればいいんだし、帰ったらちゃんと向こうの医者に診せる。それなら、問題ないだろ?」

「そうは言ってもな…そんな目で途中でどっかの乱破に襲われでもしたらどうすんだ。何が起きるかわからないだろう。それに…、テメエだいぶこき使われてんだろ?たまの休暇だと思って、のんびりしてもいいんじゃねえのか?」

言って小十郎は後悔した。
これではまるで、佐助を帰したくないようだ。
実際そうなのだが、その下心を佐助に感づかれやしないだろうか。
小十郎は残り少ない味噌汁の碗を傾けた。
佐助に見えていないとわかっているが、己の顔を隠し、盗み見る。
佐助は腕組みし、どうしようかと思案している。
小十郎の思惑に気づいた様子は見られない。
小十郎がほっとして碗をおろすと、佐助が腕を戻した。

「それじゃあ、片倉の旦那のご厚意に甘えさせてもらいましょうか」

佐助は膝に手を置くと、「しばらくお世話になります」と頭を下げた。


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