三ねね話(戦国)

□さくらの頃〈1.卯月〉
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「こら、三成!」





……また始まった。



分厚い書物に落としていた視線をちら、と上げると
すぐ目の前に怖い形相の彼女がいた。


あえて口を閉ざしたまま見上げているとその態度に焦れたのか、




「またご飯抜いたね?ちゃんと食べなきゃ駄目じゃないの」



「…食欲がないんですよ」



「何思春期みたいなこと言ってるの、
食べる時に食べて体力つけなきゃ」





背を屈めて喧々とお小言が始まった。

いつもの風景だ。


腰に両手を当てて誰彼かまわず説教する姿は、
初めて出会ったころから一つも変わらない。




表情のころころと変わる漆黒の瞳、
陽に透ける茶色がかった美しい髪。

その小柄で華奢な身体を目一杯いからせて何かと俺を諭してくれる。


…実に迷惑この上ないことなのだが。




しおらしく聞くふりをしてさりげなく書物の続きに眼を落とす。



が。




「──何するんですか!」



こともあろうか断りもなく、
俺の右耳をひっぱり上げてくれたのだ。
不意に生じた痛みに顔をしかめて思わず腰を浮かす。




「悪い子にはおしおきだよ」



「わかりました、わかりましたから離して下さい」



するとようやく魔の手から解放された。
何て人だ、ひりつく耳をさすっていると気が済んだか、




「まぁあんまり無理して食べるのも良くないから、
お粥を作ってあげようね」



…どっちなんですか。


ほとほと疲れて座り込む。

しかし訪れた春の陽射しは穏やかで、
庭先には桜の花が満開だった。


時折ちらちらと花びらが風に舞う。






―殿に連れられてこの屋敷へ参じたのも、
ちょうど今日のような桜の舞い散る春だった。

そしてその殿の最愛の妻、おねね様に
この場所で初めてお目にかかったのも。

たしか十四、五の頃だったか。




あれから何年経っただろう。

しかしおねね様の俺への接し方も、
同じく息子同然で養われている他の者への接し方も何一つ変わらない。


彼女にとっては俺は手のかかる息子の一人で。

そして俺にとっては何かと口うるさい、
面倒見の良い母親のようなもので。



今迄も…そしてこれから先もずっと、
この関係が変わる事はないのだろう。




彼女は生涯ただ一人の夫とともにあり、
愛をもって尽くしていく。

その姿を俺は息子として見守っていく。



…それだけだ。






「三成も大きくなったねぇ」



俺と同じように思いを巡らせてくれたのだろうか。
満開の桜に眼を細めながらうれしそうに笑う。




「普通でしょう」



「…ほんと情緒も何もない子だね」




全く中身は子供のまんまなんだから、と
吹き出すついでに頭を撫でられた。

ちょっと待て、俺をいくつだと思っているのだこの人は。




やめてください、と邪険に扱っても聞く耳持たないからたまらない。

むしろ厭がる方が喜びそうだ、そうはいくか。
そう思って黙っていたら知らぬ間に不細工な三つ編みが出来ていた。


一体どうしてくれよう。





…それでも俺は、結局おねね様には頭が上がらないらしい。










***




【いわゆる馴れ初め編(?)何かと口出すおねね様を邪険に扱えないみっつあん。 萌え←】

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