三ねね話(戦国)

□さくらの頃〈7.神無月〉
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「これが本当の鬼の霍乱だね」


「…冷やかしなら帰って下さい」




ようやく快復に向かい始めた途端、これだ。


まだ顔色はそれ程良くもなかったが、
柔らかく煮立てた粥が喉を通る程には元気になったと思う。

今もおねね様特製とやらの薬膳粥が
うっすらと湯気を立てて目の前に控えていた。




「でも大事に至らなくて良かったね、三成。
これからはあんまり無理しちゃ駄目だよ?」


「…わかってます」




この期に及んで詫びの一つも口に出来ない己が呪わしい。

だがおねね様はこんな俺の口答えのような返事にも大仰に頷き、
やっぱり病人となるとどこか素直になるのねぇなどと
しきりに感心している。

余程普段の俺はいけすかないのだろうか。




「三成が元気じゃないと、あたしも元気出ないよ」




少し安堵したような笑みを見せ、膝に抱えた椀の中身を
ぐるぐるとかき混ぜながらおねね様が呟く。


顔には出ずともこうやって心配されるのは
有り難くも申し訳ない思いで一杯、ではあるのだが、

正直それよりも今やたらと攪拌されている
ほぼ液体と化した粥の行く末の方が気になる。



やはりあれは俺の口に入るものなのだろうか。
そうなのだろうな。

じきそれで満たされるであろう己の胃袋の心配をしながら
ここに至った数日を思い出す。






…四日ほど前になるだろうか、本格的に秋めいてきたこの時期に、
こともあろうか俺は不甲斐なくも病床にあった。

とは言っても、別段深刻さを帯びた病ではない。
先だっての戦から無事に帰還してから急に体調を崩したのだ。




―まぁ今までの無理が祟った上に、
無事に還って来れたことで気が抜けたんじゃろ。




そう豪快に笑い飛ばして、秀吉様はしばらくの間養生しとけと
俺を無理矢理部屋へと追いやった。

過労如きでそう簡単に一人休む訳にはと立ち上がったが、




「病人は病人らしくおとなしくしてなきゃ」




今度はおねね様から無理矢理布団の中へと突っ込まれた。
夫婦揃って過保護なことだ。


それでも俺は食い下がってみたのだが思っていたより重症だったらしく、
その日の夜半過ぎにはめずらしくも熱を出して寝込み、
終いには嘔吐するまで悪化した。

横になってもまるで天井が廻っているかのような最悪の心地で、
意識も朦朧としたまま夢と現とを一晩中彷徨ったのだった。




時折、浅い眠りの合間にふと眼を覚ますと、
おねね様がいつも心配そうに顔を覗き込んできた。




「三成、早く元気になってね」




再び眠りに吸い込まれていく意識の中で、
ただおねね様の気遣わしげな声だけが耳に残る。


熱にうなされる俺の傍で、一晩中看病していたのだと
のちに侍女達から聞くことになるのだが。

それは俺も知っていることだった、
…朝方まで一緒だったのだから。




「ところでおねね様」


「なぁに三成?」


「…一人で食べれますから。もう構わないで下さい」




昨夜のことはさておき、少々口に出すのも憚られるが。

おねね様からすっかり病人扱いされている俺は、
こともあろうかおねね様の手で甲斐甲斐しく
その粥を口に運ばれていたのだった。


…俺の名誉の為に言っておくが勿論言うまでもなく抵抗はした。
相当した。

が、無論それくらいで引き下がるおねね様でもない。



世話になったことには感謝している、
しかしそれとこれとは別だろう。

これでは俺の尊厳に関わる、だがこちらの抗議などどこ吹く風で、
匙にすくった粥をふぅふぅといくらか冷ましたのち
「はい、あーんして」などと口の前に突きつけてくる。


俺が素直に口を開けるとでも思っているのだろうかこの人は。


しかしいくら抵抗を示しても匙を手放す気はないらしい、
となるとこの耐え難い空腹を収めるには腹を決めるしかないのか。


内心苦々しさの激しい舌打ちを放ちながらも、
口元にゆらゆらと控えている匙の無言の圧力に根負けし、
ついに渋々と、それはもう嫌々と言わんばかりの形相で
ごく薄く口を開けてみた。


するとおねね様は、さながら親鳥が雛鳥に
餌を与えるが如き甲斐甲斐しさで匙を運び出したのだ。

おまけにこの上ない笑顔で「うん。良い子だね」とか
言われてしまうではないか。


これでは病人どころかすっかり子供扱いだ、
俺が厭がってその匙を取り上げようとしても、




「こら。病人は病人らしくおとなしくしてなきゃ」


「…それ前にも聞いた憶えがありますが」




もう病人でもないのだから本気で勘弁して欲しい。

どうもおねね様は俺を不機嫌にさせるのが得意なようで、
さらにそれを面白がっている節があるから一層質が悪い。




「あ、三成ってば。ご飯粒つけてる」


「それはおねね様のせいではないですか!」




誰のせいだ誰の。

あまりの屈辱に血圧が一気に上昇するのが自分でも判った。
まずい、このままでは治りかけたものもまたぶり返してしまう。

努めて冷静さを装おうとした矢先の止めには。


俺の口元につけているとかいう飯粒を細い指で摘み取って、
その愛らしい口唇へと放り込んだのだった。


…この時の俺の衝撃は、とても言葉に出来るものではない。




「まったくもう、三成は本当に子供のまんまだねぇ」




ころころと屈託のない笑顔でとんでもないことをやってのけられる。
一体どこまで母親を気取るつもりなのだろうかこのひとは。

その仕草に間違いなく血圧と熱が再び上昇した俺は、
ふて腐れてまた布団を頭からかぶってやった。

おねね様が何やら布団の上から肩をゆすって
何とか言っているが。



俺の知ったことか。










***




【こう見えておねね様はどこまでも無意識なんですよ……てか愛らしい口唇てどうよorz】                

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