三ねね話(戦国)

□さくらの頃〈10.睦月〉
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「奥方様が羨ましゅう御座います」


「えー?」




いきなり前触れもなく。
そんなことを仲良い侍女に言われてしまった。

何のことだろう、しきりに思いを巡らせていると、
先に答えを言われてしまった。




「三成様のことですわ」


「…三成のこと?どうして?」




ますます意味が判らない。
侍女は面食らうあたしを見て微かに微笑んだ。




「きっと奥方様だけですわ。
あの気難しい方を子供のように扱っていらっしゃるのは」




何を今更…

驚くと同時に吹き出しすあたし。




「ええ?だって息子なんだから当たり前じゃない。
気難しかろうが反抗期だろうが、可愛い時は可愛いし、
言う事聞かない時はお仕置きしなきゃでしょ」


「…そんなおねね様ですから。
三成様もきっと頭が上がらないのでしょうね」




くすくす、と控えめに微笑む彼女を見ても何だか腑に落ちない。


頭が上がらない…そうかなぁ?


いっつもつっけんどんで、皮肉っぽくて、反抗期っぽい態度とってるけどなぁ。
もう構わないで下さいとか、普通に邪魔ですとか、色々言われてるけどなぁ。

まぁ、それでも結局最後には言う事聞くから根は素直な子なんだけど。



感情を表に出さない分、口調がきつい分、時に高飛車に見える時もある。
言葉が足りなくて、作らなくていい敵を自分から作ってしまう損な性格。

でも。


普段は見るからに無愛想でも、あたしが身体を冷やしていたら、
黙って上着をかけてくれる。

いつもと様子の違うあたしのことを、真っ先に気にかけてくれる。



言葉には出さなくても。

ちゃんと人を見てる子だと思う。




…本当はただ、不器用なだけの。

赤茶けた髪をもつ、澄んだ眼をした男の子。


だからあたしには、可愛くてたまらない息子の一人。
たとえ血は繋がっていなくても、母としての愛情を押し付けてきた自信がある。

それを三成もいやいや受け止めてくれてるのが判るからうれしかった。


図体が大きくなろうが、歳をとろうが、あたしの自慢の息子だよ。




そんなあたしを見て侍女は微笑みながら、



「そんな三成様も、やはりお年頃なのでしょうね」



今日は何の日だろう、またも聞き慣れない言葉に目を丸くした。
あの子がお年頃…?




「女も羨む御顔立ちはそのままに、最近ますます凛凛しくなられて…
もうすっかり一人前の殿方ですわ。
以前はとても近寄りがたい雰囲気でしたのにどこか角がとれたような」




…そうなの?

母親と言いきる割には、正直彼女の言葉の意味があまりわからなかった。


女も羨む御顔立ち、
最近ますます凛凛しくなった一人前の殿方で、
とても近寄りがたい雰囲気だったのが、
どこか角がとれちゃったんだ…


ちょっとだけ、しゅんとなった。

あたしには、三成のどこが変わったなんて気付かなかった。



一番傍に居たつもりだったのに。
三成の事追っかけ回してた割に、三成自身の事よく見てなかったのかな…



「…それで」



は、と我にかえった。

彼女はあたしの微かな動揺に気付いた風もなく、いかに三成が見目良い殿方に
ご成長あそばしたかを活き活きと語り。

最後に、こっそりと小声で囁いた。




「三成様の変わりよう…もしかして、好いた姫でもいらっしゃるのかと、
城内でもしきりと噂されてますのよ」




へぇ…、と言ったきり。

何でかうまく言葉が出てこなかった。




─好いた、姫。




何もかもがあたしの知らない事ばかりで。
何だか一人置いてけぼりくった気分だった。


三成に、好いた姫…。



今思えば当然というか遅すぎる位なのかもしれないけれど。

あたしの中でいつまで経っても三成は、素直じゃない、でも
本当は心根のやさしい男の子で。

いつまでもあたしの傍に居てくれる、可愛い息子なのだと。



でもそうじゃなかった、いつからか大人になってたんだ…
当たり前の事なのに。

本当、一体何を見ていたんだろう。



─母親失格。


そんな言葉がぽっつりと頭の奥に浮かんでは消える。

こんなんじゃ、母親だなんて言えないよね…。



ちょっとだけ肩を落としたあたしの様子を知ってか知らずか、
彼女は微かに微笑んで、




「でも、おねね様は特別ですから」


「え…?」




特別、という言葉に思わず顔を上げた。

あたしが特別?

すると、彼女はしっかりと頷いて。




「三成様は、いつだってご自身本来のお姿をおねね様に見せていらっしゃいますから。
変わったとか、変わらないとか、そのような事は関係御座いませんわ」



そして、おねね様も。
三成様の事をご本人よりもよぉく存じ上げて御座いますでしょう?

外見や物言いではなく、いつも内面を見ていらっしゃる。



だから三成様も、おねね様には心を許していらっしゃるのですわ。





*




…そんな侍女とのやりとりを思い出して。

三成と一緒に庭で転んだ時、間近でまじまじと三成の「顔」を眺めてみたら。


本当に彼女の言う通りだった。



男にしてはきめ細かな肌、長い睫毛…
今更ながら、目を見張る。

通った細い鼻筋も、切れ長の理知的な瞳も、どこか皮肉げな口唇も、
まるで絵に描いたような美青年そのもので。


…でもそれより正直。

あたしをすっぽり覆う位の大きな身体つきにひどく面食らっていた。



厚くはないけれど、しっかり筋肉のついた胸。
あたしの腰に回った、意外にも力強くて堅い腕。

本当いつの間に、こんなに成長していたんだろう。



子供子供だと思っていたけれど。

いつからかあたしの方が守られていたんだと。


あたしがこの生きにくい子を守ってあげなきゃと思ってたけど。

…その必要はなかったんだね。



そして、もうすっかり一人前の男の子なんだと。
微かな淋しさのようなものを感じながら、

あたしなりに三成を褒めたつもりだった。




でも、あの子は。

何故かひどく傷ついた表情をした。




驚いたと同時に、すごくあたしの胸の奥が痛んだ。


あたしのせい……?




あんな表情、させてしまうつもりなんてなかったのに。

どうして…


三成の気持ちが判らなかった。






─そして今、あの子はいない。



あれからしばらくのち、うちの人について小田原へと発って行った。

それまでも、何度か顔を合わせたことはあったけど、
どこか避けられていた気がしたから…あたしも何も言えなかった。


もう、あたしの傍には居てくれないのかな。



考えただけで指先が冷たくなる気がした。

あたし、三成に甘え過ぎてたのかな…



あの表情を思い出すと、今でも胸の奥がちくっと痛む。

そしてあの時の、ゆっくりと押しやられた二人の掌。
指先に感じていた三成の体温が、あっという間に冷たい空気に奪われて。


立ち上がった後、一度もこちらを見ずに立ち去った三成の背中が。
すごく哀しそうで、泣き出しそうで。

追いかけようと思ったけど、たまらず踏み出しかけたけど。

あの背中に静かに拒絶された。



あたしは、一体三成の何を判ったつもりでいたんだろう。




─今思えば、手を振り払われても、追いかければよかった。
だったら、少しは三成の気持ちが判ったかもしれないのに。


三成は、いつだってあたしの事を見ていてくれた。
なのに、あたしには何も出来なかった。


もうあたしの事なんて見たくもないかな。


…本当にごめん。




ごめんね、三成。






……



でもね、毎日思うんだよ。



三成…

今頃、どうしてるのかな。


ちゃんとご飯食べてる?
眠ってる?




……


今はね、どこの誰よりも。







三成に、すごく会いたいよ。







***










【侍女が三成様と呼んだりするのか、この時代に反抗期があったのかとはどうかスルーの方向で←】

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