三ねね話(現代)

□夏色〈1〉
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椅子を引く音が、辺り一面に鳴り響く。




「三成、帰ろうぜー」




──ああ、今日も眠かった。

チャイムも鳴り終わらない内に、薄っぺらなバッグに手を伸ばす。
授業とHRから解放され、騒然となった教室は妙に心地良い。


しかし今年金曜の時間割は悪質だ。
昼前に体育のち最後の6時限は古典ときたものだ。
これではどうぞ安らかにお眠り下さいと言われてるようなものだろう。




「…で、今日も寄ってくの?」


「ん」




筆記具やノートなど、適当な物を適当に放り込む。

部活も特に入っていない俺は、俗に言う帰宅部所属な身の上で。
テスト前などは図書館なぞに立ち寄って勉強することもあるが、
今は別段そういった時期でもない。

週3日コンビニ、週1日家庭教師のバイトを入れている以外は
殆どアパートの部屋でごろごろしている。



恋愛は、どちらかというと面倒臭く感じる有様で。
何年か前に一度言われるまま付き合ってみたものの、


「連れて歩くには最高だけど、面白味がない」


と言いたい放題言われ、一方的に振られる有様だ。

それからというもの、ますます人付き合いが億劫以外の何物でもなくなり、
学校とアパートの往復、たまにバイトという質素な生活を繰り返している。

我ながら若さのない生活サイクルだと思うが、特に不便はない。



そんな俺をいつも呆れながら構うのが、小学校時代からの腐れ縁な清正だ。
俺の事など放って置けばいいものを、やたらと絡んで来るから…

まぁ、お陰で退屈はしなかった。





その清正と、連れ立って校門をくぐる。
二人して向かった先は最近通い始めた惣菜屋だった。
清正の方は俺に付き合って時々寄る位だが。


年の離れた兄と二人暮らしの俺はたまに自炊もするが、
やはり手の凝った物はそうそう作れず。
ある日ふらりと学校帰りに寄ってみた惣菜屋のおかずが金額も手頃で味も良く、
毎日とは言わずとも足繁く通うようになっていた。

今日も20時から家庭教師のバイトが入っているので早目に店を出ようと思っていた…


が。




「ちょっと君、君。よかったらこれ味見してみてくれない?」




店内で今晩の食事を物色していると、いきなり声を掛けられた。
いや、正確には声を掛けられた、気がした。

もし人違いだと居たたまれないのでふと顔を上げてみる。

すると、無駄ににこにこした店員が俺の目の前に立っていた。




「……は?」




どうやら、俺に話し掛けてはいるらしい。
俺は白身魚のあんかけのパックを片手に、間抜けな返事を漏らした。

すると、




「試作品なんだけど、良かったら食べてみてくれないかな」




言われるまま手元を見ると、小さめのパックに麺類のような物が詰められていた。
俺は驚いたのと不審がる表情を僅かに顔に出したまま、




「……てか、何で俺に」




客観的に尤もな疑問だと思うが。
店内を見回すと、別に俺だけではなく他にも……

そうは居なかった。



清正も店の奥で揚げ物か何かを物色しているらしく。

何だ、本当にたまたまか…



しかしその店員は意外にも、




「うん。最近よくうちに来てくれてるでしょ?
 そのちょっとしたお礼と、何ていうか」



…何ていうか。



「君ね、線が細すぎる!いくら今時っ子でもちゃんと食べなきゃダメだよ。
 そんなにひょろひょろじゃ危なっかしいじゃない」




──実に大きなお世話だった。



まして初対面の女にこんな事を言われる筋合いは無い。

というより、己の気にしていることを指摘されるのは良い気がしないものだ。
仏頂面がさらに硬化する。

そんな俺の様子を知ってか知らずか、いや多分気付いてはいなさそうだ、
立ち尽くす俺の手を取り強引にパックを押し付け、



「いいからいいから。カレー風味焼きそばアスパラ入り!
 卵も入ってるから栄養満点だよ。食べてみて」


「…や、あの、ちょっと」


「遠慮しないで持ってって。サービス、サービス」




今度感想聞かせてねー、と一人で捲し立て、店の奥へ消えてゆく。

面と向かってひょろひょろなど言われたのは初めての事で。
俺は有無を言わさず持たされたパックを手に無言で立ち尽くした。



…一体何なんだ、あの女。
 
 





***







店を出た後清正と別れ、陽の落ちた歩道を一人で歩く。
それでも、夏が近づいて来たのか一向に暗くなる気配はない。

しばらくすると梅雨が来て、それが明けると夏が来る。


…俺はもやしっ子の名に恥じぬべく夏が苦手だった。
ジリジリと肌を焦がす灼熱の太陽。
いつまでも鳴り止まぬセミ共の大合唱。

そして何より。
立っているだけで汗が流れ出るあの「暑さ」、
みるみる減退して行く食欲。

…想像しただけで一気に萎えた。

やはり今年の夏も、どうやら好きにはなれそうにもない。





ポケットの中で部屋の鍵を探る。
案の定、兄貴はまだ帰っていなかった。

惣菜の袋とバッグをテーブルに置いて部屋中の窓を開け放つ。



……暑い。



しかしバイトが控えてるせいで、余りゆっくりする時間はなかった。
適当な皿を出し、先程の惣菜を適当に盛り付けながら…

ふと、カレー風味とやらの焼きそばが目に入った。

と同時に、先程の失礼な店員の顔も蘇る。




「…魚のあんかけとカレー焼きそばってくどくないか?」




誰も居ないが、とりあえず愚痴ってみた。




──しかし味付けとボリュームは中々のもので、気が付くと自分の取り分は
魚も加え、既に皿から消えている。

しまった、これでは美味しかったと言ってるようなものだ。


…別に見られて居る訳ではない、家族にやったとでも言えば良いか。
しかしよく考えると別に嘘をつく程の事でもないのだが。

どうしても素直においしかったです、ご馳走様とは言いたくないらしい。





「ただいま。お、今日の飯も美味そうだなー」


「ああ…いつもの店のやつ」




兄が仕事を終えて帰宅した。
テーブルの上の食事に目敏く気付き、いそいそと洗面台へと向かう。

俺とは10歳程年が離れているが、そうは見えない不思議な愛嬌があり、
かつ社会人経験も長い兄は仕事も出来てかなり頼れる存在だ。

…とか面と向かって言う機会はそう無いだろうが。




「ん?飯あるのに焼きそばもあんのか」




まぁ普通はそう思うな。
炭水化物ばかり採ってもしょうがない。

ネクタイを緩めながら問う兄に、台所からぶつぶつと返す。




「あー…何か、味見してくれって店の人に持たされた」


「へえ?何でまた」


「…………だから、味見してくれって」


「ふーん」




それ以上突っ込む気は無いらしい。
無論、俺もガリガリのヒョロヒョロだから見苦しいと言われた事など
言える筈もなく。


いただきます!と早速箸でつつきながら、




「ん。やっぱここのおかずって美味いよなぁ」




と、いたくご満悦の兄貴を残し。
俺は今日のバイト先へと足早に向かった。







***







──あと、15分。



腕時計の針を目線だけ落として確認する。


目の前の学習机で問題集を解いているのは、従姉妹の一人で茶々という。
俺の2つ下の、どこからどう見ても今時のクソガ…もとい。

多分その辺の奴らには無駄にモテていそうな感じではある。


この前も同じクラスの奴に告られただの、バイト先でメルアド聞かれただの、
どうでもいい事を一人でべらべらと喋りだす。

いいからちゃっちゃと問題解きやがれ。
従姉妹とは言えバイト代を貰ってる以上、俺は真剣にやるつもりだった。


大体高1のくせに化粧する必要なんてあるのか?
そしてその巻いた茶髪は許可されてるのか?

そのスカート丈も何が楽しくてそんなに短、




「終わったよ。て、あー!何見てんのよっ」




…別に俺だって見たくて見た訳じゃない、何でそんなに短い必要が
あるのか不思議に思っていただけだ。

人を痴漢か何かのような目で見る茶々に鼻でフンと笑って見せて、




「隠す位なら最初から長いの履けばいいだろう」




自分で言いながらも何だかな、と思う。

とにかく勘違いされても鬱陶しいので、オラオラと椅子の背もたれを
爪先で突いた。




「いいからさっさと終わらせろ」


「だから終わったって言ってるじゃない!」




もう何なのコイツ、と若干キレながら問題集を投げて寄越した。
胸の辺りで上手い事受け取った俺は、ざっと解答に目を通す。

俺の教え方が上手いのか、まぁ8割方は正解のようだ。




「だから彼女も出来ないんじゃないのー?」




無防備な状態で、いきなりざっくりと斬り込まれた。

別段気にしている訳では無かったが、突然そう言い放たれると
無意味に罪悪感を覚えてしまう。

何で、この俺がお前如きにそんな事…



…待て。

何かさっきも同じ様な気分で毒づいた気がするが。




「折角顔は良いのにねー。もうちょっと性格改めたら?」




今度こそ、茶々の椅子を蹴り飛ばした。
きゃあ、という悲鳴を上げてつんのめる様を鼻で笑いながら、
俺は本格的に採点を始めたのだった。

やれやれ。
従姉妹とはいえ、本当に人付き合いという物は疲れるな。








【はい。いわゆる現代版をお送りします!カタカナが新鮮(笑)&まさかの清正&茶々登場でした…てか、みっちゃんが何か…あ、あれ?←】

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