三ねね話(現代)

□夏色〈2〉
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……今日も居ない。


あの日、一方的に店の試作品を押し付けられてから一週間。

その間に二度程店に顔を出したが、例の店員に会う事はなかった。


別に馬鹿正直に感想を述べに来た訳ではない。
いつもの食料調達のついでに、パックを返しに来ただけだ。

大体使い捨ての容器だったならこうやって持ち運ぶ事もなく
店員を気がける必要もなかったのに。

内心ぶつぶつ言いながら、会計を済ませて店を出る。


もうそろそろ梅雨入りする時期なのかもしれない、
半袖の制服から伸びた腕に、やけに生温い風を感じた。




「あー!」




いきなり後ろで声が上がった。

何事かと振り返ると、例の店員がエプロン姿で店先に立っていた。




「いらっしゃいー。また寄ってくれたんだね?」




言いながら、こちらへかけてくる。

ただ一度言葉を交わしただけにも関わらず、あの人なつこさは何事だ。
別にやましい事は無いのだが、何故か逃げ腰になって一歩退く。

いや、今日も不在と思い込んでたから驚いてるだけで。
それに俺はもともと社交的な性格でない為対応に困るというものだ。




「あ…いえ、あの」


「この前の焼きそば、食べてくれた?」




例の如く満面の笑みでもって聞かれると、聞き流す訳にもいかず。
家族が食べたから俺は…とかどうのこうの言う事を考えていたのに、




「………おいしかったです」




ぼそぼそと、率直な感想を述べてしまっている自分がいた。

いや別に焼きそばに罪は無い。
うまいものはうまかっただけだ。以上。




「本当?よかったー。またいつかお願いした時はよろしくね」




本当にうれしそうな顔だった。
…わざわざ言わなくていい嘘をつかなくて良かった、と
何故か判らないがほっとする。

そこで、例の容器を思い出した。

ごそごそとバッグの中を漁って、




「これ…」


「え?わざわざ持って来てくれたの?」




その言葉に、一気に恥ずかしさが込み上げる。

返さなくていいなら始めからそう言ってくれれば良かったものを。
大体他人の持ち物がいつまでも手元にあるのは落ち着かな、




「あ、違う違う!」




俺の明らかな落胆ぶりを目にしてか、慌てて両手を横に振る。




「ごめんね、言い方おかしかったね。
 何か綺麗にして持って来てくれたのが意外っていうか…
 却って荷物になっちゃったね」


「いえ」




しきりに詫びを入れる店員に毒気を抜かれた俺だった。
赤くなったり青くなったり一人で忙しい人だ。

それにしても…と、




「何だか若いのにちゃんとしてるなぁって。
 見た目今時なのにご両親のお陰なのかな」


「両親は、いません」


「え、あ…そ、そうだったの……」




本当重ね重ねごめん、としきりに小さくなる。
青を通り越して今度は紫になった。

別に気にしてはないのだが向こうが気にしてる風なので、




「今は兄と二人暮らしで…でも若いって言ってもそう変わらないんじゃ」


「え?あたし?全然違うよ〜」




まるで主婦同士の会話だった。

別に機嫌をとった訳ではなく、本当にそう思ったから言っただけだが。


色白で丸顔で、背はそう高くないが生気溢れる健康美人とでも言うか。
陽に透けた茶色の短めの髪が良く似合っていると思う。
くるくる変わる表情は、どこか小動物っぽく見ていて飽きなかった。

従姉妹の茶々と比べると、まぁ流石に同世代ではなさそうなので…
多分二十歳そこそこだろう。

しかし彼女は照れた風に手を振りながら、




「だって君高校生でしょ?あたし28だもん」


「…………」




予想外だった。

まさか10以上も上だったとは。
不躾にもまじまじと、もう一度よく見てみるが。

屈託ない笑顔でにこにこと佇んでいるその姿が、
殆ど兄貴と同じ歳という事に衝撃を受けざるを得ない。

となると数年後は。



…こんな外見の三十路が居たら詐欺だな。



間違っても口にはしないが、それ程に彼女はどこか可愛らしい人だった。





***





「いらっしゃいませ」




夜のコンビニも、深夜となると客足は途絶える事もあるだろうが。
今の時間は仕事帰りのサラリーマンやらOLやら大学生やらで
次から次へと客が入り乱れる。

これが毎年恒例の花火大会の日ともなると冗談抜きで死ぬ程に忙しい。
自動ドアは壊れたように開閉を繰り返し、店内の喧騒はピークに達し、
どこからこれだけの人間が沸いて出るのか不思議な程に
前を向いても横を向いても、溢れんばかりの人、人、人……。


どうせその日は皆休みの希望を入れてくる筈だ。
同じ時間帯に彼氏彼女持ちの奴らもいれば、
俺みたいに別に予定もないので普通に出る奴もいるが…

とにかく一年で一番忙しい一日になる事だけは間違いない。


その日があと数ケ月後にはやって来るのかと思うと更にげんなりだ。





─ふと、何年か前の花火大会の日を思い出す。


人混みが苦手な俺の手をとり問答無用に連れ出され、
露店やら屋台やら振り回されてすっかりへばっていたら、


「疲れたよね?ごめんねー」


そう言って、俺に買ったたこ焼片手に座る場所を探してきてくれた。


普段好き放題振り回されているからこそ、
たまの気遣いが嬉しかった気がする。

もう少し、俺も自分の気持ちを彼女に伝えてられていたら…
また違った今だったのかもしれない。



あの時二人で腰かけて見上げた花火はたしかに綺麗で、
…初めてキスしたのもその場所で。


そういえば、薄いオレンジ色の浴衣が良く似合っていたな─



一方的に振られはしたものの、案外それなりに楽しかったんだ。

もう会う事もないだろうが。
殆ど忘れかけていた事を、何故か今更ながら
懐かしく思い返していた。






─しかし、現実はそう甘くない。
思い出にそうそう浸かる暇もなく次々とレジに人が並びだす。

そして、



「これくださーい」




…聞き覚えのある妙に甘ったるい声に、目線だけ上げると。




「さっさと帰れ」


「うわ、ひっどい」



もしかせずとも茶々だった。

制服姿で暢気にアイスなんぞ食べようとしている。
今何時だと思ってるんだ?もう22時近くだぞ。

まぁ客である以上、もちろん品物は売りつける訳だが。



「いいから店出てさっさと帰れ。叔母さん達が心配するだろう」


「バイトの帰りだもーん」


「だったらこんな所で寄り道するな」


「…本当あたしの顔みたら怒るか説教だよね」



俺の対応が不服らしいがそんなのは知った事か。

しかし顔見た途端帰れとは言ったものの、
この時間に一人で帰すのはさすがに気が引けたので。

言わせる方が悪い、ぴしゃりと言い放ち、




「もう少しで終わるから待ってろ。遅いから送ってやる」


「えー別に平気だし」


「何かあったらどうするんだよ」


「…もしかしてあたしの事心配してんの?」



思わぬ言葉だったのだろうか、茶々は少しだけ目を丸くして
レジに軽く身を乗り出してきた。

が、




「いや。何かあった時俺が面倒くさいから」




えーもう何それ!

俺の言葉が不服だったのか手にした小銭をレジに叩きつけ、
少しゆるくなったアイスをぶん取って店を出た。
そのまま怒って帰るかと思いきや、店の壁にもたれてアイスに噛み付いている。

結局待っているその様がちょっとだけ可笑しくて、口元に笑いが込み上げた。








【今更素直に心配だとか言えないんです。この人(笑)】

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