三ねね話〈SS、お題等〉

□短編〈2〉
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「三成ー」




庭にひしめく木々の緑が目にも鮮やかな、とある日の午後。

城内を徘徊し鍛練に励む部下達を叱咤激励しては、いつものように最後は三成の居室へ辿り着く。
恐らくこちらの顔を見せた途端、筆を動かす手すら止める事なく、




「帰って下さい」




とすげなく追い返されるのがありありと目に浮かぶ。
しかしそれをものともしないのがねねである。


彼の言葉が聞こえていない訳ではないが、それでも鼻唄交じりに庭先を軽く散策し、
日向ぼっこと洒落込み、挙句に執務中の三成を捕まえて、




「喉かわいちゃった…お水ある?」




などとこき使ってくれるからたまらない。

こちらは仕事中だ、いちいち手を止めていられるか。
そう思うなら放って置けばいいものを、結局は嫌々湯呑を突き出す辺りが流石三成と言った所か。



そんな愛しい我が子に今日は何て言って追い払われるのかな。

これからの賑やかなやり取りを想像し、口元を綻ばせながら部屋の中をひょっこり覗く。
…ところが、いつも仏頂面で筆をとっているはずの姿が見当たらない。




「おーい、三成ー」




勝手知ったる部屋の中、とは言っても一足踏み入れれば全体を見渡せる程度だ、
衝立の後ろや小机の下や引き戸を開けてみるもののそんな所に身を隠している筈もなく。
どうやらしばし席を外しているようであった。

庭先にも出てみるが、その見慣れた姿はない。




「…?どこ行ったんだろ」




いつもなら目に映る筈の赤茶けた細い髪。
怒ってる訳でもないのに不機嫌そうに見える端整な横顔。
その姿が、見当たらない。


彼が居ないと判った途端、不意に自分の回りの空気が変わった気がした。



元から不在と判っていればまだしも、当たり前と思っていた風景に彼が映らない事は、
ねねの気持ちをどこか落ち着かせず徒らに不安を誘う。


そっと振り向いた主の居ない部屋は薄暗く、しん、と静まり返り。
或いは外に目を向けても、時折ゆるく吹き渡る風に枝葉が微かに揺れるだけだった。


ただ少し席を外しているだけに違いないのに。

何故か急に自分が一人ぼっちになってしまったかのような錯覚に陥ってしまう。
清正や正則にはこれ程まで感じた事のない孤独感に少しだけ戸惑いながら、
薄暗い静かな部屋に膝をつき、覇気なくぺたんと座り込む。




─その時。



かさ、と庭先で微かな物音がした。

三成が帰って来たのかも、そう思って部屋からいそいそと這い出し顔を覗かせる。
が、右を見ても左を見ても残念ながらその姿はない。


違った…


一人で勝手に肩すかしを食らい、一人で何となくしょぼんとなる。
ただその代わりに、




「……?」




庭の隅の木陰に、何やら白い影が見えた。
しかし葉の後ろに隠れているせいで何なのかが良く判らない。

しばらく目を凝らして見ていると、その白い物がそろりと姿を表した。




「あらー」




思わずねねの顔が明るく綻ぶ。
返した掌の指先で小さく手招きしながら、




「まーべっぴんさんだねぇ。ほら、おいで」




それは、毛並みの白い野良猫だった。

成猫手前ぐらいだろうか、身体はそこそこ大きいが顔つきはまだあどけなく、
しかし野良という割には特有の目付きの鋭さや警戒心剥き出しの気配はない。

かといってねねがこうして呼んでも寄って来る事は無く。
ただその場に座り込んだまま、じっとこちらを見ているだけだ。



暫く待ってみたが、どうも近寄って来てくれる気はないらしい。
ねねは諦めて縁に腰かけた。




「お前、どこから来たの?」




問いかけたからといって答えが返って来る訳もないのだが。
人にせよ猫にせよ、話相手がいるというのはありがたい。
しばし三成の不在を紛らわして貰うべく色々聞いてみる事にした。


いつから遊びに来てるのか。
親兄弟は居るのか。
お腹は空いていないのか。



当然ながら反応は無かったが。

しかし、語りかける方は何やら勢い付いて止まらない。



何故子飼いの3人は喧嘩ばかりしてるのか。
夫の浮気性はどうにかならないか。
むしろ自分がどうあるべきか。

あらゆる疑問を投げかけてみるが…



そんな事を猫が知る訳がなかった。




やがて。
どこか面倒くさそうに毛繕いを始めた猫へ肩を竦めながら。

あーあ、と大きく一つ伸びをして、




「ねぇ…三成どこ行っちゃったか知らない?」




何気なく彼の名前を呟いた、その時。
初めてその猫が小さくみゃう、と返して来た。

まさか鳴くとは思わなかったのでねねは思わず目を瞠る。
しかし一声上げただけで、再び置き物のように動かなくなった。


…もしかしてこの猫は、三成の事が判るのだろうか?

ちょっとした好奇心からあえて名前を出してみる。




「…秀吉、清正、正則、三成」


「みゃう」


「左近、幸村、兼続、三成」


「みゃう」




思わず吹き出した。

判るのかたまたまかは知らないが、三成の所で律儀に返してくるのが面白い。

しかし彼の名前を連呼してやたら鳴かせるのも可哀そうになってきた。
まるで三成の名を待っているような風情の白猫へ、




「…お前、三成の事が好きなの?」




ぽつんと呟いたその時。
猫が不意に顔を上げて身体を起こし、音も無くこちらへと歩み寄って来た。

まさかこちらに近付いて来てくれるとは思わなかったのでひどく感激し、
にこにこと笑顔で手を伸ばしながら、




「じゃあ一緒に待ってようか」



しかし、




「随分と長い独り言ですね」


「わぁっ」




思いがけない驚きに全身で勢いよく飛び上がる。

だが、もちろんこんな事を言う人間は一人しか居ない。
跳ね上がる鼓動を胸の上から押さえつつ振り返り、




「も、もう!驚かさないでよー」


「別に驚かしたつもりはありません」




むしろここは私の部屋ですが。

表情も変えずに、相変わらずな口調で淡々と否定する。
三成が戻って来たのが判ったらしい、道理で猫もこちらへ近寄って来た訳だ。

三成を前にしてと言うよりは、猫相手に一人で喋っている所を見られていた恥ずかしさからか、
いつにも増して勢い良く捲し立て、




「もう!いつから聞いてたの」


「人聞き悪いですね。今さっきです」


「…どこ行ってたの?」


「これを分けてもらってました」




問われて手の中の小さな包みを開いて見せる。
そこには、ほんの僅かだが昼食の残りらしき物が乗っていた。




「そろそろ来る頃かと思いまして」




そう言いながら庭先に降り立つと、先程の猫が三成の元へ勢いよく駆け寄る。
彼の足元へ遠慮気味に纏わりつくのが野良らしからぬ懐き具合だ。

その珍しくも微笑ましい光景をぼんやり眺めながら。


猫の為に、かぁ…


意外にも思えるその小さな優しさに。
こんな面もあったのかと、どこか妙な感心を覚えるねねだった。



やがてぺろりと食べ終わった猫が、礼と言わんばかりに三成の足へ顔をすり寄せた。

掌ほどもないその小さな頭を、軽く上から撫でてやる。
その何気ない仕草が却って情を感じさせるという所か。

いいなぁ、と口には出さないものの。
彼から優しくされる猫を見ていると何となく羨ましいなぁ、とも思う。




「どうぞ」


「?」


「…貴女も、そろそろ来る頃かと思いまして」




そう言って袖の中から出された笹の包みは、ねねが好む甘物だった。
予想もしなかったまさかの展開に、驚きの余り黙り込む。


実は驚いているのはねねだけであって。

三成としては初めから渡すつもりで買っていたのだが、勿論そんな事を口にする訳はない。
そうとも知らないねねは、ただただ無邪気に喜んだ。

やがて掌の包みとそっぽを向いている三成とを何度も交互に見比べながら、


それはもう、満面の笑顔で。




「だから三成って好きなんだよー」




嬉しさと喜びの余り、思わずその横っ腹に抱き付いた。
普段つんけんしているくせに、こういった不意の心遣いがたまらなく嬉しく思うのは自分だけだろうか。

そして予期せぬ抱擁を受けた身としては。




「うっとうしいから止めて下さい!」




半分本気で嫌がっている気がしなくもないが、そこは例の如く気にしない。
猫にも負けない勢いで思う存分懐いた後は、菓子を半分こする事も忘れない彼女だ。

げっそりと疲れた顔の三成に大きめに割れた方をにこにこと差し出すと、
眉間に未だ皺を寄せたまま、素っ気なくねねの手元の小さな方に手を伸ばす。

そのごく自然な様を見て、感動しないねねである筈もなく。



本日二度目の大声が庭先に響き渡ったのは…勿論言うまでもない。










*****




【SSてか本編より長くね…?← ちなみに時期としては仲良くなる前でも後でもいけそうな気がします(笑) このやりとり具合がここでの基本ぽいです、ハイ】

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