Four Colors Rhapsody

□序章
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今夜のように月のきれいな夜には、この島の海は凪いでいる。それはもう何百年も、何千年も前から変わらない。
人々はとっくに寝てしまって、ただ静かに虫やらカエルやらが鳴いている声だけが響く。
そんな時間に僕はひとり、海岸にあるお気に入りの岩の上で月を眺めるのが好きだった。

うん。正確に言うならば、海は凪いでいるのではなく凪ぐようにさせられているのだ、僕が静かな気持ちで大好きな月を眺めるために。
僕は一応風の力を司る神をやっているから、風を止めて海を凪がせるくらいのことは簡単だった。

波の優しい音に包まれる。
その音になぜか懐かしさを感じるのは、波の音が生まれる前の母親のおなかの中にいた時に聴いていた音に近いからだと人は言うが、だとしたら僕が感じているこの気持ちはなんだというのだろう。
哀愁か、孤独か。あるいは本当に懐古の情か。
だとしたら僕にはもしや母親のおなかの中にいた経験があるのだろうか。
自分が生まれたときのことを思い出そうとしても、もう何千年も前のことだから思い出せるはずもない。
人とは異なる時間を生きているから、それを長いと感じたことはないし、そもそも思い出したり懐かしんだりという人間のような感情を僕のような存在はもってはいないはずで、だとすれば波の音に感じるこの言葉にし難い心の動きは、おそらく僕が人と関わりすぎたことによって彼らから学んだものであるのだろう。

などと、いつもと同じことを一通り考えて、それから僕はゆっくり立ち上がって伸びをした。
いつも通り。
変わらない月夜の過ごし方。

変わらないことは退屈だと、短い時間を生きる生きものは考えるようだが、僕のようなものにとっては変わらないということは、唯一自分を受け入れてくれるものなのだ。
例えば村人と仲良くなったとして、60年とか、長くても80年もすればその人は死ぬ。
どんなに僕が手を尽くそうとそれだけは崩せない。
そうなったとき、取り残される僕は寂しい。一つの生きものの命が尽きるということそのものに特別な感情はないが、それでも親しかったものにもう会えないというのは、少しは堪える。
だから変わらないものが僕は好きだ。
僕を置いてはいかないから。

月は沈んでも、また明日の夜になれば昇る。

岩の上から飛び降りて、ゆっくりと山の方へ歩き出す。
何だって山の上なんかに祠があるのか。
僕のことを考えるなら、いっそあの岩をそのまま祀ってくれればいいのだが。

「……ん。この感じは」

村を抜けるとき、肌にぴりりとした違和感を覚えた。
気になって、違和感がした方へ歩を進める。
そこは村で一番大きい、とは言ってもオンボロ具合は他の家と大差ない民家だった。
たしかここは村長の家だったか。奥の部屋から灯りが漏れており、人がバタバタと走り回る様子が見て取れた。

「旦那様、とうとう生まれましたよ!」

「おめでとうございます。元気な男の子です!」

どうやら、子どもが生まれたらしい。
どれどれ、ひとつ僕が祝福してやろうか。
そんな神様らしくないボランティア精神を抱きつつ、そっと明かりの漏れている部屋へと近づく。
人に見られては面倒だ。姿を隠して行くとしよう。

窓の隙間から中をのぞく。
中央には布団が敷かれ、疲れた、だが幸せそうな表情の女が横になっている。
そしてその隣には白い布でくるまれた、まだくしゃくしゃな顔をした赤ん坊が寝ている。
周りには女の夫だと思われる男や、おじいさんになったばかりの村長がいた。
僕は赤ん坊の幸福を祈ろうと、その真っ赤な顔を見つめる。
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