君の中へ堕ちてゆく

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その日の夜、疾風珠姫歓迎会という名の宴会が開かれた。

ガンガン酒飲んでる奴もいれば、熱唱してる奴もいる。

中には一人、興味なさそうに壁にもたれかかってる奴もいる。


珠姫は隊士に囲まれながら、少し酒を飲んだりしていた。

もちろん、主にジュースを飲みながら。



「珠姫さんも歌って下さいよ!」



隊士の一人が、珠姫に向かって言う。

珠姫さんの為の宴会なんですから!と、続けて言って。



『あたし?そやなぁ、じゃあ一曲だけ』



遠慮がちに答える珠姫。


珠姫は、カラオケマシンを受け取ると立ち上がった。

周りにいる隊士たちがはやし立てる。

隊士の一人に誘導され、珠姫は前に立った。


部屋の中は、静かにはならない。

だけど、近藤さんや俺、土方さんも含め、隊士の全員が珠姫の方を向いた。



『疾風珠姫、未熟ながら歌わせていただきまっす!』



カラオケマシンを右手にぶらさげて、笑顔で珠姫は言う。

さっきの遠慮がちな言い方とは全く違う。



『曲は……≪memory days≫で、作詞作曲共にあたしです』



少し迷った末に、珠姫は曲名を告げた。


珠姫の其の言葉に、隊士たちが更にはやし立てる。

指笛を鳴らす奴や、でかい拍手をする奴もいる。



『この道を君と
最後に駆け抜けたのはいつだろう
なんて 想い出に浸っても
もう引き返せない

これが私の選んだ道だから
君と一緒に歩むことをやめた
言い訳は いくらだって出来るけど


この浜で君と
最後に遊んだのはいつだろう
なんて 想いを巡らせても
今はもうわかんない

好きだったから 大好きだったから
君を傷つけることが怖かったの
涙だって とめられない私だから』



歌い終わると、珠姫は軽く礼をした。


歌いだす前は、あんなにも五月蝿かった隊士たちは……珠姫が歌いだすと、一気に静かになった。


そう、それは、誰もが……珠姫の歌声に、聴き惚れた瞬間。


珠姫はカラオケマシンを隊士の一人に返すと、俺の隣へとやってきた。



『あ〜、緊張した〜。な、沖田くん。どうやった?』



出会ったときより明るい声で、珠姫は話しかけてくる。



「よかったでさァ。歌声、透き通ってて綺麗ですねィ』



聴き惚れちまいやした。

そう言おうとして、俺はやめた。


この言葉は、またいつか違うときに言うことにしよう。

と、心に決めて。



『おおきに』



笑顔で珠姫は言う。


珠姫は急に、何かを思い出したように立ち上がり、何処かへ歩いていく。

何処かへ、と言っても、部屋の中でのことなのだが。


歌う前に座っていたところの、グラスを手に取る珠姫。

どうやら、珠姫の飲みかけのジュースみたいでさァ。


そのグラスを手に、珠姫は俺の元へ戻ってきた。



「珠姫」



名前を呼んで話しかける。


珠姫は、グラスのジュースを一口だけ飲んだ。



『ん?』

「また、歌って下せェ」



俺がそう言うと、珠姫は頷いてくれた。

もちろん、と、今日みた中で最高の笑顔を俺に見せて。



珠姫のその笑顔の裏側を、その透き通っていて綺麗な歌声の裏側を、作った全ての歌詞の裏側を。

俺は、知りてェ。

今すぐにとは言わねェ。

少しずつ、話していってくれればいい。

そしたら俺は、どんな裏側であろうと全て受け止めてやらァ。


――俺は珠姫の歌声に聴き惚れたその瞬間に。

その一瞬の間に、珠姫に惚れちまったのかもしれねェ。

珠姫の全てを受け止めて、護りてェと、本気で思っちまった。




それには、きっと。

俺の憶測でしかないけれど、何かが隠されてるに違いねェ。






(2009.07.23)


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