復活

□気づけば好きになっていた
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華紀真白、山本武、雪白葉輔の関係。

それを簡単に言えば、三角関係というヤツだ。


詳しく言えば、三角関係よりももう少し簡単だ。

しかし、とても説明しにくい関係なのである。

とりあえず、三角関係っぽい感じだ。

と、そう思ってくれればそれでいいだろう。



とある春の日の昼下がり。

都立並盛中学校の屋上には、二人の生徒がいた。

二人とも、フェンスにもたれかかって並んで立っている。



『ねぇ、武』

「ん?」

『私、さ』

「……真白?」



武。

そう呼ばれた生徒が、山本武という爽やかな野球少年だ。


真白。

そう呼ばれた生徒が、華紀真白という明るく歌の上手い少女だ。


二人は幼馴染みなんていうベタな関係ではない。

中学に入ってからの友達だ。

しかし、幼馴染みより仲が良いのだ。

なんでも言い合える仲なのである。



『好きって、言われた。葉輔にね、告白された』



嬉しいはずなのに、そんなに嬉しくなくて、ただ武に言われる、お祝いの言葉が。

おめでとうとか、よかったじゃねーかって言葉――それを言われるのが、何故だか無性に怖くて……。

私、どうしたらいいかわかんないよ……。



「葉輔に、告白された?」

『うん、そう』



武は目を見開いて驚いている。

そんな武とは対照的な、哀しそうな顔をしている真白。





時は前日の放課後に遡る。


真白が京子たちと帰ろうとしていたときのこと。

葉輔は真白を呼び止めた。

断る理由もなく、真白は葉輔の後についていった。



「……好きだ」



校舎裏の人気のないところに葉輔は行った。



そこで、真白に突然言ったのだ、その台詞を。



『へ……っ?』


いきなりの告白で、真白はかなり動揺した。

真白は最近、葉輔への想いがわからなくなっていたから。


好きなのか、好きじゃないのか。

その狭間をなんとなしに彷徨っていたのだ。



『ちょっとだけ、考えさせて。明日の放課後、返事、するから……』



私も好きだ。

そう言いたい気持ちがあった。

だけど、真白の中の何処かで否定する思いがあった。


もう葉輔は好きではない、と言う思いが。


だから真白は、好きだとは返事をしなかった。

あとから葉輔を傷つけることが嫌だったから。




思い立ったように武はフェンスから背中を離す。



「よかったじゃねーか!」



真白の肩を軽く掴んで、武は言った。

その顔は、どこか淋しそうにも見える。



「もちろん返事はオッケーにしたんだろ?」

『まだ、返事はしてない』



やめて……それ以上、何も言わないで。

武の笑顔が痛いの。言葉が苦しくするの。

だからお願い、何も、言わないで……。



「なら返事して来いよ。真白、葉輔が好きなんだからさ」



真白の願いも虚しく、武は言葉を紡いだ。

武の言葉に笑顔を作って、真白は屋上を出る。

痛いくらいに作った笑顔の武に、見送られながら。


その後真白と武は会うことはなく、時は流れた。



その日の放課後のこと。

約束の時間に、約束の場所に真白はいた。

その頃の武はと言うと……。



「真白と葉輔、上手くいってんだろーな」


そんなことを呟きながら、練習をしていた。

大好きな野球をしているにも関わらず、だ。

思い浮かぶのは真白のことばかり。

葉輔と上手くいけばいいな。

なんてことは、口先だけなのだ。


本心は、上手くいって欲しくなくて、好きだと伝えたい気持ちでいっぱいだ。



「真白……」



もう、決めたことだ。

最後まで真白のことを応援するって。

決めたからには、応援し続けなきゃなんねぇ。

だから、俺は……。




一方真白は、少し遅れてきた葉輔に、返事をするところ。

勇気を振り絞って、真白は言ったのだ。



『ごめん葉輔。私……』



と、葉輔の目を真っ直ぐ見つめて。



「そうか……」



返事は予想がついていた、というような顔を、葉輔はする。

一瞬だけ顔を曇らせて、だけどすぐに笑顔になった葉輔。



「ま、俺は、真白が幸せならそれでいっからよ」



葉輔は、すまなさそうな顔をする真白の頭を軽く撫でる。


「これからも友達でいてくれるか?」

『……もちろん!』



その返事と共に、真白は心からの笑顔になった。

そんな真白を見てか、葉輔は真白を抱きしめた。


しかしそれも一瞬のこと。

葉輔はすぐに真白を離した。




時は流れ、夜七時前。

あのあと葉輔は真白に、こう言った。


“行ってこいよ。真白が一番に想う奴んとこに”


真白は誰のことかわからなかった。

わからなかったのだけれど、足が勝手に動いた。


着いたのは、グラウンド。



「真白」

『あ……武、』



真白は校舎の壁にもたれて目を瞑って、俯いていた。

そこに来た、ユニフォーム姿の武。


武は、着替えてくるからちょっと待っててくれるか?

と、真白に言葉を残して、走って部室の方へ行った。


五分くらいすると、武は制服に着替えて戻ってきた。



「おめでとさん、真白」



表情の奥に痛さの残る笑顔で、武は言う。

その言葉に真白は、少し顔をしかめた。



「俺も誰か見つけねーとな」



真白はもう、葉輔のモンなんだ。

早いとこ諦めねぇと……。

じゃねーとたぶん、俺が苦しくなっちまう。



『……違う』



もう誰もいなくなった暗いグラウンドに、声が小さく響く。

真白の発した、小さな小さな声が。



『違うの、武』



俯いて否定する真白は、震えていた。

声も、小さな肩も。



「真白……?」



武が真白の名前を呟くと、真白は顔を上げる。

武の目を真っ直ぐ見た真白の目には、涙があった。



『断った』

「は?」

『葉輔のこと、断った』



涙の溜まったまま、だけど真剣な目で真白は言う。

真白のその目に、武は戸惑いを隠せずにいる。



「どうしてだよ!」



二人の間に少し沈黙が流れてから、武が口を開いた。

真白はまた俯く。



「真白は、葉輔が好きなんだろ?」



そう言う武の声は、今までにないくらい震えていた。

涙が一粒、また一粒と、地面に零れ落ちていく。

その涙は、紛れもなく真白のものだ。


武の言葉を聞いて、涙を堪えるのに限界がきたのだろう。



『ちが……っ』



違う?何が違うの?

……あぁ、そうか。違うのか。

私は葉輔が好きなんじゃないんだ。






『私は、私は、

    武が好きなの……っ』





そうだ、私は武が好きだ。

いつからか、武が好きになっていた。

気づけば武のこと考えてた。

武を目で追ってた。



「……真白、」



真白は、武の制服を、小さくきゅっと握る。

俯いて、涙を零したまま。



「わりぃ」



申し訳なさそうに武は言って、真白を抱きしめる。



「俺、」



続きを聞きたくない。


そう思ったは真白、武から離れようとする。

しかし、武は離してはくれなかった。

真白が離れようとすると、腕の力を強めた。



「俺、気づかなかった」



武の制服を掴む、真白の手の力が緩む。

真白は、武に身体を預けた。



「真白のこと好きなのに、気づいてやれなかった」

『たけし、』



ホントわりぃ。

武は真白を離して言った。

その言葉のすぐあと、真白にキスを落とす。




――突如降り出した雨。

その雨は、誰かが涙を流しているかのようだった。






(2009.05.23)


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