believe-心-

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万事屋と俺の口論は続く。

互いに一歩も譲らない――万事屋は灯を渡さねェと言い張り、俺は無理矢理連れて行くと言い張る。


仕事なんだ、これは。


ふと、灯と目が合った。

すぐに目を逸らせばよかったのに――否、逸らすことが出来なかった。

灯は目に涙を溜めながらも強い意志を奥に秘めていた。



『ふ、くちょう、』



初めて女として、雛乃咲菜として名前を呼ばれた。

何度か聞いた凛として透き通った声。


灯が万事屋から離れて、俺に近づいてくる。

その手を強引に引いて連れていくことは、出来なかった。

ぎゅっと、隊服を掴まれる。



『お願いだから、連れて行かないで。わたし、地獄に、戻りたくない。母さんの元へ行ったら、また、地獄、だから、おねが……っ』

「っ、」

『大好きだった、母さんは、もういないの。あの人は、わたしを、裏切ったから……わたしを、玩具みたい、に、して、つらかった、苦しかった。もう嫌なの、』

「灯……!」



余りにも灯の目が真剣で、余りにも灯の目が哀しくて、思わず灯を抱きしめた。

泣き出す灯。

俺の腕の中でもなお、戻りたくないと訴えかけてくる。


わかったからと灯を宥めながら、俺は抱きしめる腕のを強くした。

万事屋は、何も言ってこない。



「万事屋」

「何だァ?」

「悪かった」

「……わかれば、いい」



少しの間静かに泣く灯を宥めてから、万事屋に灯を預けて屯所へ戻った。

もちろん、灯を渡すわけにはいかねェと言う為に。


仕事に私情を持ち込んじゃいけねェことくらい、知ってる。

だがこれは、私情だけじゃねェ。

まだ何か裏にあるような、そんな気がする。




初めてちゃんと見た、雛乃咲菜としての灯。

弱い己を隠す為に自分を偽っていたとすれば、それは、酷だ。






(2010.11.06)


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