デスクの椅子に座っていたら、茜が歩み寄ってきた。
右手には酢昆布の箱。
さっき神楽が茜に渡していたから、それだろ。
『あの、坂田、さん……?』
すぐに覚えた違和感。
それは、名前だ。
“坂田さん”なんて聞き慣れねェ。
「銀時」
『へ……?』
キョトンとした顔で、俺を見る茜。
単語で言ってもわからねェか。
「銀時って呼べ」
『け、けど……』
「いいから」
『……わかり、ました』
新八とは違う敬語。
癖になってる敬語じゃない。
茜の敬語は、恐怖や苦手意識からくる敬語だ。
「人が苦手なのか?」
『人は……怖い。すっごい、怖い、です……』
茜の目が、恐怖に染まった。
目を見てるだけで、茜がどれくらい人が怖いかがわかる。
人が怖い、か。
確かに人は怖ェよな。
そいつの意思次第で、善人にも悪人にもなれんだから。
『あ、そんで、その……』
「なんだ?」
『あたし、これから「ここに住みゃいいじゃねーか」
『ここに……?』
これからどうすればいいか、を訊いてくると思った。
だから茜の言葉を遮って言った。
俺の言葉に、茜は驚いたような顔をする。
まァ、驚くのも無理ねェか。
「銀ちゃんの言う通りネ。ここに住むアル!」
話を聞いていたのか……いや、聞こえてたのか、神楽が参戦。
……ん?参戦?参加か?
まァ、どーでもいいか。
『せやけど……』
「いいじゃねェか。行く宛てねーんだろ?」
茜は、こくりと頷く。
きっと茜は、何処に行っても同じ目に遭うだけだ。
目を見ればわかる。
茜の目は、今まで何度も殺されそうになったりしている目だ。
「だったら、此処に住むこと。プラスバイト」
『え、あ、はい、わかりました……』
戸惑いを隠しきれていない。
元々、隠してないのかもしれないけれど。
「それと、その敬語。やめろ」
『えっと、う、うん……』
タメ口は慣れてねェんだろうか。
今までずっと、敬語で過ごしてきたのだろうか。
話がまだあるのか、茜はデスクの前に立ってる。
神楽は定春にエサやってる。
……相変わらず、定春はよく食べるもんだなァ。
新八は……アレ?新八がいねェ。
ま、新八ならどっかでなんか、地味なことでもやってるだろ。
“どっかでなんか地味でもやってるだろ”ってなんだよそれ!
なんて声が聞こえたような気がした。
だけど、全く気にしねェ。
空耳だろ、空耳。
恐怖やトラウマってのァ……。
必ず、過去になにかがあったから、今出る症状だ。
過去に何もなかったのに、何かがトラウマになったりはしねェ。
今の茜じゃァ、過去を訊いても答えてはくれねェだろ。
茜が人に、俺らに慣れてくれるまで待つしかねェ。
horror.恐怖。
それは、誰かに植え付けられた、どす黒い種のこと。