その日万事屋には、俺と茜の二人しかなかった。
新八も神楽も定春も、今は出払ってる。
『銀時』
「どうした?茜」
『話が、ある』
「話?」
いつものように、ソファでゴロゴロしていた。
茜も同じだった。
だけど茜は、不意に起き上がって、俺に話しかけてきた。
茜の声を聞いて、俺も起き上がる。
『あたし……家族とかおらんくて孤児やった、って、言うたやんか』
「あァ」
すぐに、何の話かわかった。
茜の声が、震えていた。
俯いてる茜はきっと、今にも泣きそうな顔してるに違いねェ。
『だからあたしな、知り合いのとことか孤児院とか見ず知らずの人のとことか、たらい回しにされててん』
「たらい、回し……」
『うん。新しい環境に慣れたと思ったら、また環境変わったりして……。それは、さ、別によかってん』
だんだんと、茜の声の震えが増していく。
これから話すことが、茜にとって一番怖かったことなんだろうと思う。
ふと目に入った茜の手は、ぎゅっと固く、握り締められていた。
「茜」
名前を呼ぶと、茜は顔を上げた。
やっぱり、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
そんな茜を手招きする。
茜は少し戸惑ったけど、ソファから立ち上がって、俺の隣に座った。
『でも、でもな、どこ行っても、あたし……おいとかお前とかで呼ばれてな、邪魔者扱いされててん……っ』
肩を抱き寄せて、頭を撫でてやると、茜は俺に体を預けてきた。
ぎゅっと抱きしめると、少しの間を置いて、茜は続きを話し始めた。
茜の頬を伝う、一筋の涙が見えた。
『やからあたし、あたし以外の人信じるんが怖くって、邪魔者扱いされるくらいなら独りの方がいいやって思って、』
「だからあの日、あんなとこにいたのか?」
コクリと茜は頷く。
茜を抱きしめる腕の力を強くすると、茜は更に涙を流した。
今までの辛い思いを全て取り払うかのように、声を上げて泣いた。
俺はただ、茜をぎゅっと抱きしめて、優しく頭を撫でていた。
……それしか、出来なかった。
『ぎん、とき、』
「どうした?」
『銀時……っ』
「茜……」
更に強く茜を抱きしめた。
それで、茜が少しでも安心してくれれば、それでいい。
しばらく……10分くらい、茜は泣いていた。
新八も神楽も帰ってはこなかった。
チャイムが鳴って誰かが来ることも、なかった。
『銀時、』
「大丈夫だ。俺も、俺の周りにいるやつも」
『あり、がとう』
「……あァ」
茜の目を見たら、茜が何を言いたいのかわかった。
だから言葉を聞く前に、答えを出した。
茜は……今までで、一番優しく笑った。
辛かったなと抱きしめれば、茜はまた泣いた。
零れた涙はキラリと輝いた。
茜がもう辛い思いをしねェようにと、優しくキスを落とした。