君の中へ堕ちてゆく

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珠姫と話さない日が、どれくらい長く続いたんだろうか。

たぶん、3週間はろくに口も利いてねェ。

仕事以外じゃ話すことも出来ねェ。

珠姫が、俺を避けてるんでさァ。


近藤さん曰く。

時間をかけてゆっくり仲直りすればいい。


土方さん曰く。

仕事に支障が出るならとっとと仲直りしろ。


旦那曰く。

その内痺れ切らして向こうから話しかけてくるだろ。



「珠姫……」



珠姫と距離があいてから今まで、何度も珠姫の名前を呟いた。

こんな気持ちになったのは、初めてでさァ……。


昼寝にも身が入んねェや。

と思い、自分の部屋に戻ろうとする。


廊下を歩いていると、縁側に珠姫が座ってるのが見えた。



「珠姫」

『っ?!』



珠姫は俺の顔を見るなり立ち上がって、何処かへ行こうとした。

だから俺ァ、珠姫の手を掴んで引き止めた。



「珠姫、座って下せェ。話したいことが、あるんでさァ」



珠姫は渋々といった感じで、縁側に座った。

俺ァその珠姫の隣に座る。

珠姫が嫌がらねェように、間を空けて。



「背中の傷のこと、すいやせんでした」



俺はただ謝った。

あの日からずっと、謝りたい気持ちでいっぱいだったから。



「俺、何も考えずにあんなこと訊いて……。バカですよねィ」



珠姫は、俺の言葉に返事をしてはくれない。

別に俺は返事を求めているわけじゃない。

だから、返事はしてくれなくてもいい。


珠姫が、俺の言葉を聞いてさえいてくれれば。



「誰だって、触れられたくねェことくらいあるってのに」

『……あの傷、背中の傷は、刀傷』



俺が謝ると、珠姫は目を見開いて驚いた。

かと思えばすぐに哀しそうな表情になる。



『昔、まだあたしが12歳やったときに、ある人につけられた傷』



珠姫は少しだけ、過去を話してくれた。

辛かったんだ、ということだけが、わかった。


たった数行の言葉なのに、話している珠姫の表情が、珠姫の声が……今までで一番、哀しそうで、辛そうな顔で、声だったから。



『あたしこそ、ごめんな』



俯いて、珠姫は謝った。

俺が珠姫の過去に対して、何かを言う暇もなく。



「珠姫は悪くねェ!全部俺が悪いんでさァ」

『そんなことないって』



あの日から、一度も目を合わせてくれなかった珠姫。

その珠姫が今、初めて目を合わせてくれた。



『あんな傷見たら、誰だってどないしたんか訊きたくなる。それは当たり前やねん』



久しぶりに真っ直ぐ見た珠姫の目。

久しぶりに見る真っ直ぐな目の珠姫。

久しぶりに真っ直ぐ見る珠姫の顔。


真剣で、だけど何処か哀しそうな表情をしている。



『いつの日か、沖田くんが部屋で呟いてるのを聞いた』



突然何の話題かと思った。

だけどすぐに、いつの日のことかわかった。


そのときあたし、部屋の近くにいてん。

珠姫は、そう続けて言った。


俺は何も言わずに、ただ珠姫の言葉を待つ。



『でも、沖田くんに会うのが怖くて……』



あたし、酷いことしてもたから。

そう言う珠姫は、目が潤んでいた。


見ていると、俺まで泣きそうになってくる。



『沖田くんが出てきたとき、隠れてもた。たった一言、ごめんが言えへんかった……』



珠姫と俺の間に置いていた俺の右手を、珠姫がぎゅっと握った。

その手は震えていて、珠姫が、いつも以上に小さく見えた。




珠姫と、仲直り出来たみてェでよかったでさァ。

もし仲直り出来ずなくて、このまま珠姫と話さねェ日々が続いたとしたら……きっと俺ァ、耐えらんねェ。

珠姫のいねェ生活なんて、想像もつかねェ。


俺にとって珠姫は、それくらい大切な存在なんでさァ。


約1ヶ月間のことだったけれど、珠姫のいねェ日々を過ごして、俺ァ身を持って体験した。

珠姫の大切さを、珠姫への想いの大きさを。




過去を話してくれたその暁には――。

君への好きという想いを、俺ァ君に伝えてみせらァ。






(2009.07.23)


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