君の中へ堕ちてゆく

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翌朝、俺ァいつものように珠姫の部屋に行った。

もちろん珠姫を起こす為に。



「珠姫、起きてやすか?」



ふすまの向こうに声をかけ、ふすまを引く。

だけどそこに……珠姫の姿は、なかった。



「珠姫……?」



布団は敷かれていない、隊服は壁にかかったまま、部屋の隅に置いてあった珠姫の鞄はない、机の上に放ったままだった珠姫の携帯もない、非番の日以外は机の端の方に置かれていたミュージックプレイヤー(珠姫曰く、相棒)もない。

珠姫がこの部屋にいたという証が、ほとんどない。


ただ机の上には……一つの、カセットテープがあった。

俺はそれを手に取る。



「これは、珠姫が?」



呟いてイヤホンを耳に入れると、再生ボタンを押した。

聴こえてきたのは、紛れもなく珠姫の声だった。


俺が好きな、珠姫の声……。



『総悟へ。総悟が今これ聞いてるってことは、あたしはそっちにおらんってことやな。今までホンマにおおきに。真選組におれて、総悟の傍におれて、あたしむっちゃ楽しかった』

「た、まき……」



自然と涙が出てきた。

珠姫の声が、今までで一番淋しそうで……。


俺は自分の無力さを痛感させられた。



『えっと、じゃあ聴いて下さい。一曲目は≪lie≫で、作詞作曲共にあたしです』



唐突に、珠姫の歌は始まった。


俺の頭の中には初めて珠姫の歌声を聴いたときの映像が流れてきた。

楽しそうな、珠姫の笑顔……。



『大丈夫
あたしは大丈夫
心配しないで
無理なんてしてないよ
ほら 笑ってるじゃない

元気になれる魔法
あたしは知ってるから
心配しなくても
いつだって元気よ
smile oh yeah〜


大丈夫
あたしは大丈夫
そんなのは嘘で
無理ばかりしているわ
これは作り笑いよ

元気になれる魔法
あたしは知らないから
誰か ねぇ 教えて?
もう疲れちゃったの
smile again』



俺の目から、涙が止まることはなかった。

ただ、珠姫との想い出が、鮮明に蘇ってきて。

どうしようもなく、哀しくなった。



『続いて二曲目、これが最後の歌≪remember≫で、もちろんこれも作詞作曲共にあたしです』



珠姫の部屋に、歌を聴きにきたときのことを思い出した。

あのときは最初話が噛み合ってなくて、面白かった。

珠姫はクイズの答えの理由にシンメトリーとか言い出すし。



『君が傍にいた証を
今此処に刻む
去りゆくあたしの中に
戻るから 此処へ

さよならは言わない
だってまた逢えるでしょ?
君と過ごした日々は
なによりの宝物
誰よりも 幸せでした


あたしが此処にいた証は
今消えてゆくの
去りゆくあたしと共に
忘れてよ 全て

さよならは言わない
あたしは戻ってくる
始めからやり直す
辛い思いはしない
君が 覚えててくれるから』



珠姫の笑顔が、瞼の裏に焼き付いて離れなかった。

珠姫が泣いたとき、護ってやりたいと思ったことを思い出した。

初めて歌を聴いたとき、聴き惚れたことが蘇った。


珠姫は、いつだって笑顔だった……。



俺はひとしきり珠姫の部屋で泣いたあと、近藤さんに珠姫がいなくなったと伝えた。

荷物がほとんどなくて、テープが置いてあったことも。


これはすぐに真選組中に伝わって、真選組総出で珠姫を捜すことになった。



「珠姫、どこ行っちまったんでさァ……?」




珠姫を捜しながら、俺ァずっと考えてた。

あのテープには、珠姫の想いが込められてるんじゃねェかって。






(2009.10.03)


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