believe-心-
□29
2ページ/2ページ
柱にもたれて立って煙草を吸っている多串君は、見たことねェくらいに冷たい目で、感情を押し殺しているように見えた。
「灯、お前ェのことは母親から聞いた。全部、な」
『い、や……だ、わたしは、行かない、行きたくない……!』
俺にしがみついて、必死に首を横に振る咲菜。
それでも連れていこうと咲菜に視線を送る多串君。
……俺、は。
「牢に入れたりはしねェ。ただ、母親に身柄を引き渡すだけだ」
『嫌だ!行きたくない!帰りたくない!もう、地獄は!』
無理矢理にでもと思ったのか、咲菜の腕を多串君は引っ張る。
当然、咲菜は拒否。
だから俺は多串君の手を咲菜の腕から引き剥がして、咲菜を抱き寄せた。
二度と咲菜を、地獄になんて帰さねェ。
「万事屋、そいつを渡せ」
「断る」
「公務執行妨害で引っ捕らえるぞ」
「それでも、断る」
例え俺のこの身がどうなろうと、咲菜だけは護る。
あんなことを繰り返させてなるものか。
きっと母親の元へ戻れば、咲菜はまた。
だめだそれだけは、絶対にさせねェ……!
「……お前ェに、咲菜の何がわかる?」
「何だと?」
「お前ェに咲菜の何がわかるって訊いてんだ」
多串君は眉間に皺を寄せたまま答えなかった。
わかるわけねェよな、お前ェに、咲菜のことが。
咲菜は俺の腕の中で、泣いている。
きっと今まで必死に堪えてきたんだ、何があっても。
「自分(てめー)の両親に自分の存在を否定されて、家出して攘夷活動やってたら家に連れ戻されて。半年くらいしか咲菜と一緒にいねェお前ェに、自分の両親に振り回された咲菜の何がわかるって言いたいんだよ?」
『ぎ、んと、き、』
「咲菜はなァ、お前ェが思ってる以上に辛い思いしてきてんだ。俺ァよォ、自分の家に帰って、両親とまた仲良くなりたいっつって泣いてる咲菜を何度も間近で見てきた」
『ぎん、とき、!』
咲菜の呼びかけを無視して、俺は言葉を続けた。
多串君は眉間に皺を寄せたままだ。
腕に、咲菜を抱きしめる腕に力が入った。
何処にも行かせねェ、咲菜をもう、何処にも。
「お前ェにわかるか?咲菜の気持ちが。咲菜の辛さが。咲菜の優しさが!咲菜のこと何も知らねェくせに、知ったような口利いてんじゃねェ」
「……っ、何が、言いたい?そんなこと、俺には関係ねェ。こちとら仕事でやってんだ。私情を持ち込むわけにゃいかねェんだよ」
「そうか。じゃあとっとと出ていきやがれ。咲菜は渡さねェし、これ以上お前ェと話すこともねェ。屯所に戻って、見つかりませんでしたとでも言えばいい」
「それは出来ねェな。目の前に目的の人物がいるんだ。無理矢理にでも屯所まで来てもらう」
更に腕の力を強める。
絶対に、咲菜は渡さねェ。
俺は命をかけてでも咲菜を護らなきゃなんねェ。
あの日も誓ったから、もう二度と地獄には戻らせねェと。