薄桜鬼の頂き物

□君と笑顔
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「しんぱっつぁん!そろそろ行こうぜ!」
「平助、別にそんな急がなくたって島原は逃げねえよ」

平助の声が屯所に大きく響き、それに合わせて左之助がカラカラと笑う。
今までなら気にも留めなかったその声量に、気を揉むようになったのはいつからだろうか。
さり気なく周りの見渡してみるも、脳裏に浮かんだ姿が見当たらず、ホッと息を吐こうとしたつかの間。

「あ、千鶴!そういえばさ…」

平助が出した先程よりは小さい声に、思わず身を堅くした。
先刻、千鶴に頼み事をしたらしい平助が千鶴と1つ2つ言葉を交わす。
平助の言葉に大きく頷いた千鶴が、ふと左之助と新八へと目を向けた。

「あれ、どこか行かれるのですか?」

…いつしか、同じような状況で同じような事を言われた気がする。
あの時はさらりと出かける場所を言えたはずなのに、何故か今は言葉が喉に引っかかる。

「あぁ、息抜きに島原にな」
「そうだ、どうせなら千鶴もいかねえ?」

その間に平然と答える左之助と平助の言葉に、新八の体が再び堅くなる。

(余計な事を言いやがって、こいつらは…!)

声にもならぬ声を心の中で叫ぶと同時に、千鶴が間の抜けた声を出した。

「え、私も!?あ、いえ、私は島原はいいです…!」
「安心しろ、酒を楽しく飲むだけだ」
「ほら、いこうぜ!」

千鶴の言葉に新八が頷きかけるも、お構いなしに左之助が言葉を続け、平助が言葉を続けて千鶴の腕を引っ張った。

「わ、平助くん!危ないって!」

ぐらりと揺れる千鶴の身体が見え、咄嗟に手を伸ばそうとするも、左之助の手が先に千鶴へとたどり着く。
そのお陰で千鶴は重心を取り戻し、それを確認した左之助が大丈夫かと問う。
その千鶴の姿を見てホッとしつつも、どこか煮え切らない新八の心中。

「なんだよ、左之さんいい顔しちゃってさー!」
「女の子の腕を強引に引っ張るなんぞ、男が廃るぞ平助!」

律儀に礼を言う千鶴の横で、平助が不服そうな声を上げる。
その声にハッとして慌てて新八が声を続ければ、左之助の声も続いた。

「全くだ。平助にはまだ女心を扱うのは早いってことだな」
「え、それどういうことだよ左之さん!?」

平助が左之助の言葉に食いついて、怒涛のように言葉を浴びせる。
当の左之助はそれをからかい返しているだけなのだが、千鶴はそのやり取りを困ったように見つめている。
そんな千鶴の気を間際らせようと、新八は千鶴の肩に手を置いた。

「大丈夫だ、喧嘩してるわけじゃねえし」
「で、でも…」
「千鶴ちゃんのせいじゃねえよ」

それでも困惑の色を失わない千鶴を自分の腕の中に囲えば安心させる事ができるのだろうか。
そんな事を無意識に考えた自分を自嘲する。

(重症、だな…)

こういう時、自分の意識が千鶴へ向けられているのを痛いほど感じさせられる。
それでも、どうすれば千鶴が笑顔に変わるのか、どうすれば笑顔を見せてくれるかと考えを巡らせた。
そして、新八は1つの結論を出した。

「よし、千鶴ちゃん。走るぞ!」
「え…?」

千鶴の耳元でそう囁いて、目配せをした次の瞬間。
新八は千鶴の腕を掴んで屯所を飛び出した。

「え、しんぱっつぁん、抜け駆けかよ!」
「新八、島原はそっちじゃねえぞ!」

花街とは逆に走る二人を罵倒するような声が耳に届く。
それでも背を向けたまま、後ろに向かって手をヒラヒラさせながらも走り続けた。
やっとのことで垣根を曲がった所で足を止めれば、千鶴が膝に手をついて息を切らす。

「な、永倉さん…いいんですか…」
「あぁ、花街行くよりも千鶴ちゃんと団子でも食ってた方がいいしな」

その言葉に顔を上げた千鶴に新八が息の切れてない声で、にこりと笑う。

「走らせて悪かったな、何でも食べたいもの奢ってやるからさ」
「…私、子供じゃないですよ?」

そう答えた千鶴の表情は、新八が望んだ笑顔。



⇒お礼文

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