◆ガンダムシリーズ◆

□至福のとき
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「どうして、地球の雨は降るんですか?」
隣に居る恋人は、灰色の空を見上げながらぽつりと呟いた。
「それは、この星が人々の犯した罪を洗い流そうとしているからだ」
なんの躊躇いもなくそう答えると、彼は特に驚いた様子もなく私の顔を見つめた。
「……詩人ですね」
「気象学は学校で習っただろう?」
「あまり覚えてません。コロニーで地球の天気のことを教わっても、まるで実感が湧かなかったから……」
「フッ…。それもそうだ」
コロニーの人工雨と地球の雨はまるで違う。降る量も時間帯もその時々で異なる地球の雨は、まるで女性のように気まぐれで人を困らせるのが得意な気分屋だ。
前の恋人にその話をすると「それじゃあ、お前と同じじゃないか」と言われたことを思い出した。
「しかしこの天気では、せっかくのデートが台無しだな」
二人で公園を歩いている最中、突然の夕立に見舞われた。運良く近くには藤棚があったため、その下に逃れて雨宿りをすることにした。
見頃を迎えた藤の花が小さなシャンデリアのように垂れ下がり、丈夫な蔓(つる)は幾重にも重なり合って屋根の代わりになってくれている。しかし完全に雨を防ぐことはできず、雫が藤を伝ってポツポツと落ちてくる。
雨はもうしばらくやみそうにない。
すると、恋人が私の体に身を寄せてきた。
「いいんです。あなたの傍に居られるなら……」
「カミーユ……」
年齢も体格も自分より一回りくらい小さな恋人の肩に、そっと腕を回す。彼は安心したように微笑んだ。雨の中、二人きりでこうしていられるのも悪くない。
「綺麗ですね、この花…」
「ああ、藤の花だ。今がちょうど見頃だな。確か、花言葉は――」
「至福のとき」
恋人は間髪入れずに答えた。
「……学校では花言葉を専攻していたのか?」
「何かの本で読んだのを思い出しただけです」
「そうか…。では、もう一つの意味も分かるかな?」
「もう一つ…?なんでしたっけ?」
私はおもむろにサングラスを外して恋人の唇を塞いだ。彼の体を強く抱き寄せ、歯列を割って奥に隠れていた舌を誘い出し、自らのソレと絡ませる。
「……ちゅ……ん……ちゅく……ちゅ……ふぅ…っ……ぴちゃ…」
雨音に隠れて彼との濃厚なキスを堪能した。
名残惜しいが一旦唇を離すと、私は再びサングラスをかけて愛しい人に囁いた。
「あなたに夢中……それが藤のもう一つの花言葉だ」
すると、恋人は滑らかな頬をほんのり染めて口を尖らせた。
「……ズルいです……そういうの……」
「恋も戦争も作戦は重要だよ、カミーユ」
「じゃあ、大尉はいつも負け戦をされてるんですね」
「そんなことはないさ。特に、今の戦況ではね」
「っ……わざと負けてるんです!」
決まり悪そうに顔を背ける仕草がとても可愛らしい。もっと色んな反応が見たくてつい意地悪をしてしまう――私の悪い癖だ。
「さて、そろそろ部屋に戻ろうか?」
「そうですね。もう大分濡れちゃいましたし……」
「部屋に戻っても濡れると思うが…?」
再び羞恥心をくすぐってみる。彼はひどく赤面した。
「……大尉のえっち」
「カミーユが可愛いからだ」
湿気を帯びた青い髪を優しく撫でてやる。すると、彼は私の腕をすり抜けて藤棚の外に出た。
「じゃあ、すぐに戻りましょう」
「まだ雨は降っているが…?」
「どうせ濡れるなら同じです。嫌なら置いて帰りますよ?」
「クスッ。寂しいくせに……」
「っ!……知りません!」
恋人はそのまま雨の中を走って行った。
――負け戦か。時にはわざと負けてみるのも面白いかもしれない。
「やれやれ……」
私も恋人の後に続いて雨に打たれた。火照った体に星の涙は心地良い。
今夜はどんな夢を見られるだろうか――。
-END-
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