◆必殺仕事人シリーズ◆

□晴
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夜、誰も居ない神社で主水は一人待っていた。「大事な話がある」と加代に呼び出されたものの、彼女は一向に現れない。時間だけが無駄に過ぎていく。
主水は退屈しのぎに空を見上げた。今宵は月がよく見える。時折、流れる雲にその顔を見え隠れさせる様が、洗練された芸者の舞を彷彿とさせた。
「月の一人舞台…か――」
主水は感嘆と落胆が入り混じった溜め息をついた。
こんな美しい夜でも、闇に紛れて悪事をはたらく輩が後を絶えない。今日もまたどこかで、恨みを抱えたまま儚く一生を終える者がいる。その悲痛の叫びが足元に絡み付く。恨みを晴らしてくれ、と――。
しかし、仕事人は決して正義などではない。金さえあれば女子どもでも容赦なく斬り捨てる、血も涙も無い極悪人と同じだ。
生きる為とはいえ、辛い稼業だ……。
その時、闇の中に人の気配を感じた。微かに殺気立っている。仕事人を狙った暗殺者か、それとも――。
主水は刀に手を掛けた。木々のざわめきに紛れて、気配が徐々に近付いてくる。意識を集中し、相手が間合いに入る時をじっと待つ。
そして、背後で殺気が牙を向いた瞬間、主水は振り向いて刀を突きつけた。
「秀…!?」
そこに居たのは、主水と同じ仕事人の秀だった。彼は裏の仕事をする際の黒装束に身を包んでいる。
主水の刀は秀の首の手前で止まっていた。あと少し力を入れていたなら、確実に一刀両断していただろう。
しかし、同時に秀の手に握られた簪(かんざし)も、主水の首筋を正確に狙っていた。その鋭い尖端が、彼の殺気が本物であることを無言で物語る。
「そうか…。お前ぇが加代に頼んで、俺を呼び出したんだな?一体ぇどういうつもりだ?」
主水も殺気を込めた眼で睨みつける。
すると、秀は突然手にした簪を落とした。か細い金属音が余韻を残して虚空に吸い込まれる。
主水は訝しげに簪と秀を見比べた。どんなに穴が開くほど見つめても、彼からは微塵も殺意が感じられない。
主水は静かに刀を納めた。
その直後、秀がすがるように主水の胸に寄り掛った。無言で小袖を握り締める彼に、主水はそっと囁く。
「黙ってたらわからねぇよ…。言いてぇことがあるなら、はっきり言え」
すると、秀が愛しげな眼差しを向けてきた。
「八丁堀…。俺……やっぱり、アンタのことが好きだ」
彼の一言に、主水は一際大きな溜め息をつく。
「前にも言っただろ?俺はお前ぇの気持ちに応えることは出来ねぇって……」
「そういう感情が迷いを呼ぶ。迷いは仕事人にとって命取りだ――アンタはそう言ったよな?」
「…………」
否定はしない。だが、認めたくもない。その思いがつい行動となって表れたのか、主水は無言で秀をつき離し、背を向けた。
「本当にそれだけか?……それだけの理由で、俺を受け入れられねぇって言うのか!?」
間髪入れず、秀が必死に問い掛ける。彼の主水に対する強い想いが矢となって放たれるが、主水はそれをあっさりかわした。
「だから俺を殺ろうとしたんだな?俺を殺れば、否が応でもお前ぇのモノになったからな」
「……っ」
秀は何も言わずに俯いた。地面に落ちた簪が淀んだ輝きを放っている。
彼の反応に主水は苦笑した。
「やっぱり……お前ぇはまだまだヒヨッコだな」
「なに!?」
秀が少し声を荒げると、主水は再び彼に向き直った。
「秀…。どうやら、俺がお前ぇに抱いていたのは恋心じゃなかったみてぇだ」
「……?」
意味わかんねぇ…。秀は無意識の内に呟いた。
すると、主水が遠くを見るような眼で淡々と語り始めた。
「俺だって、お前ぇのことをいとおしく思ってた。失いたくねぇ…とても大切な存在だと――。だが……気付いちまったんだ。俺がお前ぇに抱いていたのは恋心じゃなく、親が我が子を想う“親心”と同じ気持ちだったんだと――」
そう語る主水の横顔は、どことなく寂しい色を含んでいた。
「その事に気付いた時、俺は恐ろしくなった。まるで自分の子どもに手を出しちまった気がして……。だから、俺はお前ぇとの関係を断ち切ったんだ」
二人の間を無感情な風が通り抜けていく。その時、秀が主水の襟元に掴み掛った。
「何だよそれ!?なに勝手な思い込みしてんだよ!?手ぇ出すも何も……俺は自分から、アンタに触れられることを望んだんだ!親心だとか訳のわかんねぇこと言って誤魔化しやがって…。結局、アンタは俺から逃げただけじゃねぇか!?」
しかし、主水は落ち着いた様子で続ける。
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