◆その他版権モノ◆

□ある夏の日の記憶
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「オスカル!どこだ、オスカル!」
夏のまばゆい日差しが照りつける午後、アンドレは森の中に居た。オスカルが出かけたきり戻ってこないのを心配して捜しに来たのだ。
しかし、歩けど歩けど同じような景色ばかり続いて一向に見つかる気配はない。
「まいった…。こう広くては、どちらに行けばいいのかもわからない。オスカル……無事でいてくれればいいが――ん?」
ふと目の前を見ると、木々の間から差し込んだ光が地面を点々と照らしている。まるで、小さな妖精が森の奥へと導いているようだ。
アンドレは引き寄せられるように光を辿った。聞こえてくるのは鳥たちのさえずり、木々のざわめき、アンドレの足音――。他には何もない。
やがて森を抜け、広い原っぱに出た。小さな野の花が辺り一面に咲き誇り、その上を色鮮やかな蝶が優雅に舞っている。
「こんな場所があったとは……。はっ!あれは!?」
アンドレは目を見開いた。原っぱの中央に一本の大きな木があり、その下で誰かが座り込んでいる。
遠くからでもはっきりとわかる。肩まで流れるブロンドの髪、細くしなやかな手足、神々しいまでの美しい横顔――。
あれは、間違いない。
「オスカル!」
アンドレは慌てて駆け寄った。オスカルは木の幹に背中を預ける形で座り込んでいる。その表情はとても穏やかだ。
「眠っているのか…?」
オスカルの無事を確認し、アンドレはひとまず胸をなで下ろした。オスカルにもしものことがあれば、おばあちゃんや旦那さまは勿論のこと、自分も正気ではいられなくなる。
アンドレはオスカルが寄りかかっている木にそっと手を触れた。
この木が自分であればいいのに……。オスカルが安心して背中を預けられる存在であればいいのに……。オスカルの寝顔をすぐ隣で見つめられればいいのに……。
胸の奥に秘めた想いがあふれそうになるのを、アンドレは必死に抑えた。堅い鉄の扉で封じているはずの熱い想いが、今まさに、内側から扉を叩いて閂を外そうとしている。
ダメだ。それだけはできない…!
「オスカル……!」
アンドレがぽつりと名を称えた瞬間、横にいたオスカルの瞳が静かに開かれた。
「アンドレ…?」
その声にアンドレははっと振り向く。
「オスカル!急に姿が見えなくなったから、心配したぞ!」
「……すまない。森の中を歩いていたら、こんなに心地の良い場所を見つけてしまったから、つい足を止めて……」
そう言って、オスカルは原っぱ全体を見回した。
ヴェルサイユ宮殿には遠く及ばないにしても、人の手に触れていない自然のままの形を残す花と蝶の楽園――。
アンドレも腰を下ろして原っぱを眺めた。
「確かに、綺麗な所だ。決して豪華とは言えないが、品のある落ち着いた美しさが見てとれる」
「子どもの頃を思い出すな…。こんな場所でよくアンドレと一緒に駆け回ったものだ」
「そうそう。泥だらけになるまで転げ回って、いつもおばあちゃんに叱られてたっけ?」
二人は同時に笑った。昔と変わらない、子どものような笑顔で……。
「アンドレ」
「ん?」
その時、オスカルがそっと肩に寄りかかってきた。
「オスカル!?」
彼女の意外な行動にアンドレは慌てて離れようとすると、オスカルが聖母マリアのように穏やかな表情でこう告げた。
「少し……ほんの少しの間だけでいいんだ。このままわたしの傍に居てくれ――」
「……っ!?」
アンドレの肩からゆっくりと力が抜ける。オスカルは静かに、その冬のオリオンを浮かべる蒼き瞳を閉じた。
アンドレは悩む。すぐ傍に、手を伸ばせば届くところにオスカルが居る。けれど心は届かない。この胸の奥深くにしまい込んだ想いは、いつになれば日の目を見ることができるだろうか。
「オスカル…」
アンドレは手を伸ばし、オスカルのシルクのように滑らかな頬へそっと触れた。
バラの花弁を思わせる、薄紅色のふくよかな唇。いずれこの花は他の男に愛でられるのかと思うと、想像しただけで身の毛がよだつ。他の男に触れられるくらいなら、いっそ……。
アンドレは吸い込まれるように顔を寄せた。オスカルの吐息が近い。このまま何もかも忘れて、お前と一つになりたい――。
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