◆松本零士作品◆

□語らい
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果てなき星の海を航海する雄大なる艦、アルカディア号。その艦長室で、二人の男が杯を酌み交わしていた。昔話や自身の武勇伝に華を咲かせながら――。
「こういう一時っていうのも良いモンだなぁ〜、ハーロック」
「そうだな、トチロー」
床に座ってほろ酔い気分で話すトチローに、ハーロックがやわらかな視線を向ける。
「どうだ?この一時がもっと続くよう、永遠を探しに宇宙の涯まで旅してみないか?」
トチローが逆気混じりに言うと、ハーロックは少し困ったような笑みを浮かべた。
「それでは一時ではなくなってしまうだろう?」
「ん?……そうか。それもそうだな。こりゃハーロックに一本とられちまった!」
トチローは全ての歯が見えるほど口を開けて豪快に笑った。
すると、ハーロックがふいに窓の外に広がる広大な宇宙に目を向けた。その瞳が遥か彼方の星々、仲間たちの想い、現在・過去・未来、多くの理を見定めていることをトチローは知っている。
「何を考えてるんだ?」
空になった升に再び清酒を注ぎながらトチローは尋ねた。
「明日の晩めしのおかずについてさ」
「嘘つけ……」
しらっと答えたハーロックにトチローは苦笑した。
「オレの目は誤魔化されないぞ、ハーロック。お前は今、小さな不満を抱いてる。だからそんな暗い目をするんだ。そうだろ?」
しばしの沈黙の後、ハーロックは観念したように軽くため息をついた。
「やれやれ…。トチローのエスパーにはいつも驚かされるよ」
「そんなモンあるわけないだろ?何年付き合ってると思うんだ。…さあ、言ってみろ。何が不満だ?」
問いつめられたハーロックは、グラスに注がれたブランディーを一口飲んでから淡々と語り始めた。
「この世界で絶えず繰り返される生と死の営み。俺たちもその輪廻を形作る歯車の一つだ。そのことを嫌悪するつもりはない。ただ――…」
そこまで早口に言うと、ハーロックは一旦口を閉ざした。グラスの中の氷が、カランと澄んだ音を立てる。トチローも黙って彼の言葉を待った。
「ただ…その歯車が不可逆なものであることが…気に入らないんだ……」
やがて、ハーロックの奏でるテノールの声色がそのように詠った。
しかし、その余韻をトチローの不協和音(わらいごえ)がかき消してしまった。
「冗談を言ったつもりはないが……?」
流石のハーロックも不機嫌な色を隠しきれず、一瞬トチローを睨む。彼は慌てて咳払いした。
「いや…悪い、ハーロック。まさかお前が死に対して不満を抱いてるとは思いもよらなかったんだ。許してくれ…」
トチローの弁解に、ハーロックは申し訳なさそうに首を横に振った。
「すまない。言葉が足りなかったようだ」
「ん?」
トチローが小首を傾げる。すると、ハーロックは手に持ったグラスを軽く弄びながら続けた。
「生と死が切り離すことのできない、どちらも重要なモノであることは分かってる。ただ…無限の可能性を秘めているはずのこの宇宙をいくら旅しても、生から死への流れを逆転させる術はどこにも見つからない。それが気に入らないんだ……」
ハーロックを中心に、淋しさの波紋がゆっくりと広がる。その波に揺られた時、トチローは何かを悟った。
「……そういうことか…」
彼は持っていた升を床に置くと、ハーロックの瞳を真剣な眼差しで射抜きながら尋ねた。
「裏切られた気がするのか?」
彼の問いにハーロックは静かに頷いた。
自らの信念や仲間との絆を重んじる彼らにとって、裏切りは何物にも耐えがたい苦痛なのだろう。まして、その相手が魂の故郷たる宇宙(そら)であれば尚更だ。
トチローは腕を組んで低く唸った。
「確かに、死んだ人間が生き返らないのは地球でも宇宙でも変わらない共通の真理だ。オレもそれは気に入らないと思う。……けどな、それ以上にもっと大切なことがあるんじゃないのか?」
「……?」
トチローの言葉に、俯き気味だったハーロックがおもむろに顔を上げる。すると、トチローはにんまりと彼独特の笑みを浮かべてみせた。
「それは生き様さ。死んでいった者たちのことを想うのなら、彼らに恥じぬ生き方をすることだ。それが手向けにもなる。オレの場合は…そうだな――…」
トチローは少し考えた後、ハーロックの顔を見つめて嬉しそうに言った。
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