◆必殺仕事人シリーズ◆

□曇
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「オイッ…三味線屋!……何…す…る……っ!?」
秀は必死にもがいたが、仰向けに組み敷かれて思うように力が入らない。
すると、勇次が秀の右手を押さえ付けながら、彼の衣服を強引に剥いだ。露になった胸元を目の前に、勇次の息が荒くなる。
「やめろって……あッ!」
肌の上を滑る手の熱も、薄紅色の痕を残していく唇の感触も、あの時と同じだ。ただ一つ異なるのは、彼の飢えた獣のような目つき。その目で見下ろされ、秀は恐怖すら覚えた。
やがて、勇次の手が下半身の方へ移動し、衣服の中から秀の中心に触れようとした瞬間――。
「ゆうじ!!」
悲しみと愛しさを込めて、秀は彼の名を呼んだ。その一声が勇次の動きをピタリと止める。まるで悪い夢から覚めたように、彼の眼は普段の穏やかな色を取り戻した。
勇次はおもむろに体を起こし、秀と視線を合わせる。秀の瞳は涙で潤んでいた。
「秀…?お前ぇ……」
能面(いつわり)に隠れた素顔を見られたくないのか、秀は拒むように勇次の体を押し退け、後ずさった。視線を逸らして乱れた衣服を直す彼を、勇次は黙って見据える。
すると、消え入りそうなほど小さな声で秀が呟いた。
「別に……お前ぇの事が嫌いな訳じゃねぇんだ…。……けど…今はまだ、お前ぇと一緒にはなれねぇ……」
「どういう意味だ?」
低く、重い声色で勇次が問いただす。
秀は静かに目を閉じ、心の中に散らばった想いの欠片を拾い集めた。
愛、憎しみ、寂しさ、喜び――。流れ行く時の中で移り変わる様々な想いが、彼の手の平で一つになる。
「何も言わずに、聞いてくれ……」
やがて、秀はゆっくりと目を開き、勇次の黒真珠のように綺麗な瞳をまっすぐ見つめた。
「俺は昔…八丁堀と寝たことがある……」
彼の唇がそのように動いた。
勇次は自分の耳を疑った。動揺を隠し切れず、ゆっくりと視線を落とす。
秀もやや戸惑いながら続けた。
「別に…無理矢理された訳じゃねぇよ……。俺がそうしてくれって、八丁堀に頼んだんだ。あん時はまだ、駆け出しの仕事人で、毎日が生き地獄のように感じられた。いつ自分が殺られるか、不安で不安で気が狂いそうだった……」
自分にも同じ経験がある。
背後が気になってまともに飯が喉を通らない。朝、目が覚めて首が繋がっていることに安堵する。
勇次は貝のように口を閉ざし、ただただ秀の話に聞き入った。
「だから、俺は八丁堀に頼んだんだ。全てを忘れさせてくれって……。そしたら、アイツは何も言わずに、俺に触れた――」
秀の話で気が付いた。彼もまた、自分と同じであると――。人の恨みを晴らすことが出来ても、自分の心の闇は晴らすことが出来ない。その不満と不安から、一時の快楽に身を投じてしまう。
勇次は自分の心に開いた隙間が埋まっていくのを感じた。
「八丁堀とは体だけの付き合いだったかもしれねぇ…。けど、俺はまだ、心のどこかでアイツの事を――…」
力強い抱擁が秀の言葉を途切れさせる。彼の体はしっかりと、勇次の両腕に抱きとめられていた。
「んな事ぁ……関係無ぇよ」
最後の言葉を待たずして、勇次が口を開く。
「お前ぇが過去に誰と付き合っていようが関係無ぇ。俺が欲しいのは秀……今のお前ぇだ。俺の手に触れる、お前ぇの全てが欲しい…!」
「……勇次…」
胸の奥が締め付けられる。やがて、その痛みは嬉しさとなって目頭を熱くさせる。
秀は勇次の背中にそっと両腕を回し、今の想いをそのまま言葉にした。
「ありがとう…勇次――」
互いの気持ちを確かめ合うように、二人は堅く抱き合う。それは、牢獄のような日常で一欠片の光(きぼう)を手にした瞬間だった――。

しばらくして、秀がおもむろに体を離した。
「なぁ…。少しだけ、待ってくれねぇか?」
「……?」
勇次が訝しげな眼差しを向ける。
「こんな中途半端な気持ちのまま、お前ぇと一緒にはなれねぇ…。ケリをつけてぇんだ」
「八丁堀と……か?」
「ああ…」
秀の心はまだ、かつての想い人の所に在る。
――面白くねぇ…。
そう思って視線を逸らすと、秀が優しく微笑んだ。
「心配すんなって。ケリつけたら、必ずお前ぇの所に行くから。だから、それまで待っててくれねぇか?」
悔しいような寂しいような、苦い気持ちを押し殺して勇次は溜め息をついた。
「しょうがねぇな…。その代わり――」
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