◆必殺仕事人シリーズ◆

□晴
2ページ/4ページ

「なら逆に聞くが……秀、お前ぇはいつ殺るか殺られるかの不安な気持ちに押し潰されそうになってたから、俺の所へ来た。他の誰でもなく、ましてや女のトコでもなく、俺の所へだ。なぜ俺だったんだ?」
「なぜって――…」
俺は八丁堀に……。
言い掛けて、秀はとっさに主水から手を離した。一瞬、思いがけない考えが頭をよぎる。彼はそれを振り払おうとしたが、主水が先に言葉にしてしまった。
「お前ぇ……俺に親の面影を重ねてたんじゃねぇのか?」
「ちっ…違ぇよ!俺は親無しだから、親の面影なんか知らねぇし……。だいたい、俺はアンタに体を求めたじゃねぇか!?親相手にそんなコトするはずねぇだろ!?」
声を張り上げて否定する秀。そんな彼をなだめるように、主水は穏やかな口調で言った。
「そりゃあ……あん時は俺もお前ぇも、恋心を抱いてる気でいたから肌を合わせることが出来たんだ。だが、何かを求め合うっていうのは親子でも有り得ることなんだぞ?それは安らぎだったり、温もりだったり、愛情だったり――」
主水の中で懐かしい感情が蘇る。長い間闇の世界に身を置くことで忘れていた感情が――。
「カカアとババアの受けうりだがな……親子も愛を求め合う時があるそうだ。無償の愛をな……。俺たちは無意識の内に、互いを親子として愛していた。けど、お前ぇは親無しだし、俺もガキがいねぇから、俺たちはそのことに気付かず互いに恋心を抱いていると錯覚しちまってたのかもしれねぇな……」
肌寒い風が木々を揺らしながら二人に沈黙を運ぶ。
「……嘘だ……そんなの……」
自らの心の森で迷子になってしまった秀は、その一言を紡ぐのが精一杯だった。
「まぁ…どう思おうと勝手だが……少くとも、俺は父親としてお前ぇのことを大切に思ってる。それだけは確かだ」
そう告げた主水の瞳は、地平線の彼方まで見通せるほど透き通っていた。
すると、主水はいとおしげに秀の体を抱き締めて呟いた。
「秀…。お前ぇは、俺の大事な倅(せがれ)だ」
体を包み込む主水の優しい匂いと温もりが、秀の遠い記憶を呼び醒ます。彼の腕の中で、秀は覚えが無いはずの父と母の声を聞いた――。
「お前ぇ……何も泣くこたあねえじゃねぇか?」
気が付けば、秀は主水の胸に顔を埋めて大粒の涙を流していた。嬉しさや悔しさ、切なさ――様々な思いが複雑に絡み合い、秀の胸を締め付ける。
「八丁堀…。アンタはズリィよ……」
秀は震える声で言った。
「…んなこと言われたら……俺はいつまで経ってもガキのままじゃねぇか…」
「何言ってやがる。俺に言わせりゃあ、お前ぇも加代も三味線屋だって、まだまだ青臭ぇガキだよ」
主水がからかうように笑うと、秀は涙を拭ってぽつりと呟いた。
「そのガキを相手に、正妻ほっぽらかして夜のおつとめしてたのはどこのオッサンだよ?」
途端に、主水の顔から笑みが消えた。
「てめっ…!自分のコト棚に上げやがって!?だいたい、お前ぇがいつも都合良くカカアとババアの居ねぇ日に、人ん家におしかけてきたんじゃねぇか!?」
「よく言うぜ。長屋だと近所迷惑になるからウチに来いっつったのは八丁堀じゃねぇか?」
「だからって本当に来るヤツがあるか!?」
「じゃあ、なんで追い返しもしねぇで一緒に寝たんだよ?」
「……っ!?」
言葉に詰まる主水。耳の裏まで真っ赤に染まった彼に、秀は思わず吹き出してしまった。
「なんだ。やっぱり八丁堀も、最初からその気があったんじゃねぇのか?」
「うるせえ!誰だって触るトコ触られりゃあ、勃つモンも勃っちまうんだよ!!」
やけくそ半分に主張する主水。もはや年長者としての威厳はすっかり消え失せている。
すると、秀が再び主水に寄り掛かった。
「悪かったよ……八丁堀…。アンタは俺の気持ちに応えられないっつったけど、決して俺を忘れた訳じゃなかった。アンタの心の中には、確かに俺が居たんだ。……なのに、俺はその事に気付かず、アンタを無理矢理自分のモノにしようとした。浅はかだったのは、俺の方だったんだ……」
「……まぁ…済んじまったことをとやかく言っても、しょうがねぇだろ…?」
主水も秀の背中をそっと撫でる。
「今度はお互い、違う形で付き合えばいいじゃねぇか?」
「親子…か…。それも悪くねぇな」
秀は目を閉じて主水の体を強く抱き締めた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ