◆その他版権モノ◆

□お風呂に入ろう!
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怪訝に思った剣八が振り返ると、体中泡にまみれたやちるが肩に掴まって、自身の小さな体を一生懸命擦りつけていた。
「ん…しょ……よいしょ…っと…」
「何してんだ?…やちる」
「え?男の人はおっぱいでゴシゴシされるときもちいいんでしょ?」
「んなコト誰が教えやがった?」
剣八の目に若干の殺意がこもる。
「あれ?剣ちゃんはきもちよくないの?」
「…………」
やちるの純粋な眼差しに一瞬言葉を詰まらせてしまう。剣八は顔を背けて呟いた。
「……悪くはねぇ。だが、洗うんなら普通に洗え。俺はそっちの方がいい…」
「ホント!?じゃあ、ふつうに洗うね!」
やちるはあっさり剣八から離れると、腰掛を3つ重ねて手拭いで洗い始めた。やちるにとって、剣八が喜ぶことこそが自分にとっての喜び。彼がいいと思うことなら何でもしてあげたかった。
「剣ちゃんの背中、おおきい…」
やちるがうっとりとため息を漏らす。鍛え上げられた肉体は度重なる戦闘で受けた無数の傷痕を残し、その一つ一つが幾度斬り殺されても絶対に倒れない“剣八”の名を無言で物語っている。
「湯かけるぞ」
「うん!かけて〜!」
剣八は桶いっぱいの湯を豪快に被った。背後にいたやちるにも頭から振りかかる。しかし、桶いっぱい分の湯では剣八の巨体にまとわり付いた泡を全て洗い流すには至らない。
巻き添えをくらったやちるは子犬のように首を振って顔にかかった湯を飛ばした。
「ぷはっ!あつくてきもちいい〜。剣ちゃん、もっとかけて!」
言い終わるやいなや、すぐに第二波がやってきた。やちるは剣八の背中に寄り添い、次々と降りかかる熱い激流に身を洗い流す。
(剣ちゃんの背中、あったかい…)
普段、移動する際はいつも剣八の背中にくっついているが、直接肌に触れることはない。やちるはいとおしむように、剣八の背中にそっと頬をすり寄せた。
やがて、かけ湯を終えた剣八が振り向いた。
「やちる。お前は洗わねぇのか?」
「え?剣ちゃんが洗ってくれるの!?」
「誰もんなコト言ってねぇ……」
「わ〜い!剣ちゃんに洗ってもらう〜!」
「…………」
隊長の話を完全に無視する副隊長。剣八はなんとなく、今なら十番隊隊長の苦労が分かる気がした。
「剣ちゃん、はやくはやくぅ〜!」
気が付けば、やちるはさっさと剣八の膝の上に座り、期待の眼差しでこちらを見ている。
「…ったく、しょうがねぇな。目閉じてろ」
結局甘やかしてしまう自分に呆れつつ、剣八は先程と同じように石鹸を泡立てた。
指先に少し力を込めて、やちるの小さな頭を洗う。その髪は指通りのいい、つややかなものとは到底言えない。お互い、かつては血と殺戮に満ちた地獄の日常を送っていたのだ。それを思うと、今こうして死神となり、何不自由なく風呂で汗を流していること自体が不思議なくらいだ。
「剣ちゃんの手、すごくきもちいい…」
やちるが夢見心地で呟く。
「そうか…」
剣八はどことなく、やちるの言葉に安心している自分を認識した。
やがて、頭を洗い流し終わるとやちるが膝から降りた。
「あ〜、きもちよかった!よーし、およごうっと!」
やちるは湯船に向かって飛び込んだ。ボールを池に落としたような音を立てて湯が跳ねる。
「ここのお風呂って広くていいね、剣ちゃん」
やちるは湯船の縁に掴まってバタ足をした。
「あんまり暴れるな、やちる。湯が飛び散る」
剣八も足を入れてゆっくりと腰を下ろす。すると、一気に水面が上昇して湯が溢れ出た。
「わあ!剣ちゃんの大波だ!」
やちるは楽しそうに笑った。波にさらわれてアヒルやカエルのおもちゃたちも流される。広い湯船は剣八とやちるだけの空間になった。
「はぁ……」
湯気でぼんやりとした天井を見上げ、剣八は小さくため息を漏らす。今は鈴も眼帯も斬魄刀も持っていない。いつもなら触れるモノすべてを震え上がらせる剣八の霊圧が、驚くほど穏やかに流れている。
「剣ちゃん」
その時、やちるがおもむろに近付いて胸元に寄りかかってきた。
「二人っきり、だね…」
「ああ…」
「前も、よく二人でお風呂に入ったよね」
「ありゃあ、風呂じゃねぇ。行水だ」
「あたしにとってはお風呂だもん」
やちるは笑った。
川や雨で水浴びをしていた頃を思い返す。どんなに洗っても落ちることがなかった、血と汗の混ざったニオイ。だが、やちるはそれが好きだと言った。
「剣ちゃんのニオイがする…」
そう言って、やちるはその小さな手でしっかりと剣八の体を抱き締めた。
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