◆その他版権モノ◆

□性 sex
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森野と性に関する会話をしたのは初めてだった。人体の構造やそれに関係する拷問の方法などについて話すことは幾度もあったが、性に関する会話は一切しなかった。まして、僕と森野は性別が異なるのだから、そういった会話はたとえGOTHであってもなかなかしないはずだ。
しかし、森野の方からそういった話題をふってきたのは意外だった。彼女には性的なものに対する関心があるのだろうか。
「別に…。ただ、なんとなく気になったから尋ねただけよ。深い意味はないわ……」
森野はいつもと変わらない淡々とした口調でそう言った。
どうやら、僕も森野も自分の中に性的なものに対する関心があるのかどうか、お互いよくわかっていないらしい。僕は最低限、自分のことは自分が一番よく知っているつもりでいたが、森野との会話でその考えが否定された。僕は少しがっかりした。
「だけど――」
その時、森野は遠くを見るような目で呟いた。
「もしかしたら、私たちは無意識の内に性的なものに対して興味や関心を抱いていたのかもしれないわ。私たちの年齢を考えると、それは当たり前のことだから…。あなたも本当は気付いていないだけじゃないの?自分の中にある、性的な本能に……」
一瞬、図書室のざわめきがすべて消え去り、森野の言葉だけが一滴の水のように僕の脳裏に波紋を残した。
森野はそのまま僕に背を向けて別の本棚に向かった。彼女の背中を見つめながら、僕はポケットに入れていたナイフを強く握り締めた。

  *

化学講義室のドアを開けると、暗幕が教室全体を覆っていた。音を立てないように暗幕をゆっくり押しのけて中に入ってみる。薄暗くて見えにくいが、教室の隅に三人の男子生徒がいた。どうやら、森野は彼らの下にいるらしい。
僕は教室全体を見回して、森野が痴漢教師、もといリストカット事件の犯人に襲われた時の様子を思い出した。講義室の中はあの時とほとんど変わっていない。唯一変わったことといえば、教壇に立つ教師くらいだ。
改めて男子生徒たちの方に目を向ける。彼らがいる位置は、ちょうど森野がリストカット事件の犯人に襲われたのと同じ位置だった。同じ場所で二度も襲われるなんて、今更ながら彼女の数奇な運命に敬意を払いたくなった。
その時、三人の男子生徒が僕に近づいて来た。彼らはここで見たことを口外しないという約束と、代わりに仲間に入れてやるという条件を僕に提案した。
僕は男子生徒たちの背後で横たわっている森野の様子を窺った。どうやら、彼女はまだ死んでいないらしい。僕はがっかりした。
再び男子生徒たちが僕に言い寄ってきた。今度は少し強めの口調だ。僕は彼らの行為を口外する気は無かったが、彼らと一緒に森野を蹂躙する気も無かった。
僕は一言だけ呟いた。
「彼女は僕のエモノだ」
一瞬にして教室の中を沈黙が支配した。三人の男子生徒は目を見開いて僕を凝視している。彼らは何か言いたそうなのだが、これ以上余計なことを聞かれて僕の習性や森野との奇妙な関係がばれてしまうのは避けたかった。
僕はやむを得ず、ポケットからナイフを取り出した。すると、男子生徒たちは急に顔を青ざめて足早に講義室から退室していった。薄暗い教室に僕と森野だけがとり残された。
僕は心の中でナイフに深く謝罪した。薄闇の中でも艶やかに光るナイフは決して人を脅すために使うモノではない、ということを十分承知していたはずだった。にも関わらず、誤った使い方をしてしまったことに対して僕は深く反省した。同時に、近い内このナイフを正しく使おうと決心した。
僕は再びポケットにナイフをしまい込み、森野の近くまで歩み寄った。彼女は床に横たわったまま微動だにせず、虚ろな視線が宙を漂っている。制服が乱れているが、ケガは無いらしい。
僕が黙って見ていると、森野は今にも消え入りそうな声で言った。
「……どうして……あなたがここにいるの……?」
いつも彼女の声は小さいが、今は特別小さい。ぎりぎり聞き取ることができた。
「窓から君と彼らが話しているのが見えたんだ。直感で君が殺されると思ってね。それで君の死体を見に来たんだけど、どうやら違ったようだ。君は本当に色々な変質者に好かれるね」
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