◆コラボ◆

□地獄の讃美歌
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「わたしは人間、飛鳥了として生活した。すべては人間を滅ぼし、かつての美しい地球を取り戻すための計画だった」
太古の地球。そこは無数のデーモンたちが蠢く地獄の世界。血が血を呼び、殺戮が殺戮を呼ぶ死の世界。人間に汚される前の美しい星――。
「その最中、彼と出会った。わたしは彼を愛し、彼と共に新しい世界で生きることを望んだ。そのために勇者アモンを犠牲にし、彼をデーモンの世界で生きられるようにした」
地獄の野獣と呼ばれ、数多くのデーモンを震え上がらせた勇者アモン。そのアモンの力に人間の強じんな意志と頭脳が加わり、誕生したのがデビルマンだった。
「すべてが計画通りにいくはずだった。すべてが……」
徐々に公になるデーモンの存在。不安と恐怖の波紋はゆっくりと世界に広がり、やがて愚かな人間たちは疑心暗鬼に陥り、互いに殺し合いながら自滅していった。
「だが、わたしの願いはついに届かなかった。彼は最期まで、わたしと共に生きることよりも、わたしとの戦いを望んだ。それが勇者アモンの意思だったのか、彼の本心だったのかは分からない……」
もしかすると、アモンの闘争心と彼の人間としての怒りや悲しみが混ざり合い、巨大な憎悪となって彼をつき動かしていたのかもしれない。
「たとえ憎まれても、わたしは共に生きたかった。人間のいない美しい星、地球で……」
サタンの声が微かに震える。
「明……わたしはお前と一緒に生きたかった。新しいデーモンの世界で……ただ、共に生きたかっただけなんだよ……明…」
静かに、ゆっくりと、サタンの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。それはコキュートスの冷気でも凍らせることができない。なぜなら、この地獄には決して存在しない“愛”で満たされていたのだから――。
「サタン…」
カヲルはその光景に息を呑んだ。デーモンたちの神であるサタンが、一人の人間を想って涙を流したのだ。
(きれいだ…。本当に……本当に、すごくきれいだ)
神の御心をも狂わせる“愛”の力の前に、人はただ黙して恍惚たる眼差しを向けることしかできなかった。
やがて、温かな滴がコキュートスの大地に小さな泉をつくる頃、自由意志の使徒は哀しみに暮れる堕天使に優しく語りかけた。
「僕も、君も、人を愛する気持ちは同じだ。ただ、その伝え方が違っただけ……」
愛する人のために世界を滅ぼした堕天使。愛する人のために自らの死を選んだ使徒。
「何が正しくて、何が間違っていたのかはわからない。だけど、僕たちの想いを否定することは誰にもできない。たとえそれが神や、運命であっても――」
カヲルは何かを決意したように顔を上げた。
「もうすぐ僕の世界も終わろうとしている。……いや、終わるんじゃない。生まれ変わるんだ。すべての生命体が一つになり、他人を傷つける不安も、裏切られる苦しみも無い新しい世界に――」
人と人とを分かつ心の壁、A.T.フィールド。その境界線が混ざり合い、個という存在が無くなることで痛みや哀しみ、すべての苦痛から解放される世界。
「……けれど、変わらないという選択肢も残っている。どちらになるのか、最後の選択は彼に任せようと思う」
「碇シンジ…。神の子か…」
それはサタンと同じく、タブリスが最初で最後に愛した人の名前。人類の存亡という、あまりにも重過ぎる宿命を背負わされた少年。二人に待ち受ける運命もまた、残酷なモノだった。
「僕は僕の愛する人が望む世界をあげたい」
カヲルは純粋な瞳で告げた。それが彼に対する贖罪となるのか、単なるエゴで終わってしまうのかは知る由も無い。
「……そこにお前の姿が無くても、か?」
サタンが鋭い視線を送ってくる。碇シンジの望む世界に、渚カヲルという人物が存在するとは限らない。しかし、カヲルに迷いは無かった。
「それでも僕は、何度でも彼と出会うよ」
それはカヲルの決意。やがて来る新たな世界への希望。無限に広がる可能性への追求。
そのどれもが、サタンにとって妬ましくもあり、何物にも変え難い悦びでもあった。
「分かった…。もはやお前と話すことなど何も無い。どこへなりと行くがいい……」
「ありがとう。君に会えて、嬉しかったよ」
そう告げると、カヲルは踵を返して歩き出した。新たな可能性と、愛する人との再会に想いをはせながら――。
「わたしも……そろそろ動くべきか……」
サタンは新たなる闘いの予感を感じつつ、再び永久(とこしえ)の眠りについた。
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