短編小説

□この幼い感情の名は
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「あの」
「んー?」
真剣な面持ちでレース編みに励む彼女に声をかけると、気の抜けたような返事が返ってきた。
「もうちょっと待ってな、今終わるから。」
というのでもう少しだけ待ってみることにする。
部屋を見渡すと、いかにも女性らしいピンクや、柔らかいパステルカラーの編み物やぬいぐるみが几帳面に並べてある。
彼女のこの趣味を知ったのは付き合い始めて少ししたころだった。
結婚して新居に引っ越すときに、彼女の希望でこの部屋を彼女の趣味専用の部屋にした。
彼女の元住んでいたアパートからそっくりそのままをここに持ってきたのでベッドも置いてあり、僕はそこに座って彼女のきれいな指先をかれこれ30分ほど見つめていた。
「一樹、ごめんな、今終わった。」
これだけは終わらせときたかったんだ、と申し訳なさそうに苦笑して僕の隣に座り彼女は嬉しそうに話し始めた。
「これ、朝比奈さんに頼まれたんだ。」
この高級マンションで俺みたいな庶民にかまってくれるのは朝比奈さんぐらいだ、とか、レース編みのお礼にいつもくれる手作りのお菓子がすげーうまいから今度習いに行くんだとか、本当に嬉しそうに。
彼女は最近朝比奈さんという人の話をすることが多い。
僕には言わないもののここに引っ越してからどこかさみしそうだった彼女に友人ができて嬉しいという思いと、彼女の笑顔を独占したいという気持ちが複雑に混ざり合う。
「俺の編み物を本当に喜んでくれるんだ。」
いい人だよなぁ、と言ってにっこり笑う彼女を、僕はベッドに優しく押し倒した。

この幼い感情の名前は

嫉妬というんだろうか、彼女に口付けをしながらぼんやりと思った。




一樹と呼べないキョンも、すっと呼べるキョンもかわいい←←

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