貴方、愛、夢。
□SILVER
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食べる?と訊けばのーせんきゅーという抑揚のない声が返って来たので箱から出した小さいそれを自分の口へと運ぶ。
「好きじゃな、チョコ」
「中毒みたいなものだからね。糖分って麻薬と同じくらい中毒性持ってるんだってさ」
「どっかの漫画の主人公みたいじゃき」
「意外。仁王もジャンプ読むんだ?」
「僕健全な中学生だよ」
「僕も健全も中学生も標準語も似合わない」
「ひどい」
「顔笑ってる」
かさり、とさっきまでチョコを包んでいた銀紙が音を立てた。
まだ微かに甘い香りがするであろうその紙を正方形に整えてから、お決まりの三角形を作る。
「私さ、こういう紙見ると絶対鶴折っちゃうんだよね。小さい頃からの癖で」
「ほー。器用なもんじゃ」
「仁王も折り紙とか得意そうだよね。手先器用だし」
「分からん。折り紙なんて暫くやっちょらんしの」
「夜な夜な折り紙で遊んでる仁王も嫌だけどね」
順調に出来あがっていく鶴を仁王がじっと見ているのが分かった。
「別れたんか」
「んー?何が?」
「指輪。なくなっとる」
「ああ、これ」
仁王が見てたのは鶴じゃなくて私の指か。
昨日まで右手の薬指に輝いていた指輪はきっと今頃どこかのゴミ収集所の袋の中だろう。
所謂彼氏という存在だった先輩はやたらと私を縛りつけておきたがる人だった。
指輪も例外ではなく、記念日でも何でもない日にいきなり渡されて左の薬指につけろと言われた。
そういった束縛紛いな行為を好かない私の小さな抵抗として、右手に納まったそれ。
友達はその指輪を見て羨ましがったけど、正直私としては有難くも何ともない指輪。
ただの小さな輪っかに縛られるなんてごめんだ。
その人に対して特に思い入れもなかった私は昨日、縛られる生活が急に息苦しくなって思い立ったままに別れのメールを送りつけた。
すぐに電話がかかってきたけれどそれに出る程の気力は持ち合わせていなかった。
話が長くなると面倒。
ただそれだけの理由で一歩的に別れ話をふっかけて、終わらせた事にしている。
そうなると用無しなのが右手に光っていた指輪。
メールを送った勢いでそのまま部屋のゴミ箱に放り投げたから、きっと今頃はもう私の手の届かない場所にある。
唯一心残りがあるとすれば、部屋のゴミ箱に捨ててしまった事。
ただの可燃ゴミの収集日に間違った分別であるゴミを捨ててしまったんだ。
その辺り、申し訳ないと思う。
「いきなり指輪とか重いんだよね。私がまだ中学生だって事忘れてるんじゃないのあの人」
「その前の彼氏も確かそんな理由で別れとったのう」
「高等部のサッカー部の先輩?あの人は自分以外の男の子のアドレス消そうとしたから」
「何ちゅう狂気」
「ね。ほんと勘弁」
完成した鶴の形を整えて机の真ん中に置く。
こいつは中々の良い出来だ。
「くれ」
「…ん?」
「チョコ」
「あぁ…はい、どうぞ」
普段自分からは余り甘い物を口にしない仁王がちょいちょいと手を出した。
その掌に新しいチョコを乗せると満足そうに笑ってからヒョイと口に運ぶ。
「ね、その紙使わないなら頂戴。鶴折りたい」
「だーめじゃ。俺もやるきに」
「えー」
甘いのう、そりゃチョコだからね、何て中身のない会話をしながら銀紙と仁王の指先を見遣る。
器用な手つきで細く細く折られていく銀紙。
やがて一本の棒状になったそれを見て、仁王はまた満足そうに笑った。
「あれ、鶴は?」
「折り方知らん」
「…えええ」
だったら私にくれても良かったじゃないの。
そんな不満が口からでそうになった時、仁王が私の手を取った。
「何?」
「まぁ見ときんしゃい」
細く折られた銀紙をくるりと巻く。
「あら、素敵」
「…何これ」
「オーダーメイドのシルバーリングじゃき」
左手の薬指で光る、チョコを包んでいた銀紙。
「お前さんは、いつになったら隣にいるこんないい男に気づくんじゃ」
小さな輪っかに縛られるのも案外いいかも、なんて思った私はきっと救いようのない愚か者だ。
Fin.