独立への戦火

□3章 舞い降りた天使
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7/2 10:24 シュラウド郊外上空

機首が地上を向けて吠えている。ケツから炎を噴き爆音が轟く。その衝動により身体が軋む。高度計がコマ送りの様に数字を減少させるパワーダイブ。そして突然の急減速と上昇に転じた機体の中で私の意識が遠のく。ハーネスに肩が食い込むが痛みも感じない程の状況。目が霞み視界が暗くなりブラックアウト。頭を左右に振って血流を良くするが、ぼやけたままだ。フットバーを蹴り込む音、同時に左ヨーで頭をキャノピーに叩きつけられた。痛い。痛いけどそれ以上に苦しい!酸素マスクは付けたままだが、無意味の様に胸が締め付けられ、呼吸が出来ない。それでも身体が酸素を求めて荒い息をしている。ジジジ……と耳障りな警告音が頭に響く。これでミサイルアラートが鳴ったら、ヘッドセット付きのヘルメット毎脱ぎ捨てるだろうが、今はその力さえ出ない。左ヨーヨースロットルMINでピッチUP、右90゜ロールで反転のピッチUP、スロットルONでバンク。そして全開のアフターバーナー。私は右へ左へ、前へ後ろへ振り回されてばかり。頭や胴体、手足をコクピットに打ち付けられて、悲鳴すら出せない。
出す間が与えられない絶命の空間に居る。体は鈍く、より一層重く感じる。その時、けたたましい警告音!頭に響くミサイルアラートを聞きながら、歯を食い縛ってGに耐える。後方からドン!と言う音が聞こえたかと思うと、前方へ機体が押し出されて行った。そして垂直上昇、高度計が4000mに達した所で60゜ピッチUP、機体はそのまま推力に物を言わせてパワーダイブ。その間まだミサイルアラートが続く。体がシートに押し付けられ、肺が圧迫される。正直吐きたいが食道まで達していたモノを無理矢理戻した。吐いたら後が大変だ。そう考えてる間に又も視界が真っ暗になった。これで何度目!?この機体のパイロットは、普段はおちゃらけてばかりのくせに、空に上がればこんな無茶久茶な機動をやってのけているとは……。正直な話、「この機体は本当に人間が操っているのか?」と言う漠然とした疑問が脳裏に浮かぶ。エンジンが咆哮を上げて加速し続ける。しかし、2000mを切った辺りから速度が落ち始めている。高空で加速すると速度が伸びる。それは空気が薄いから=空気抵抗が少ないからである。対して現状はパワーダイブ中と来れば、空気が濃い地上付近では空気抵抗が強いと言う事だ。その結果速度が落ちる。
しかし、それでも速度計は軽く2000km/hを超えていた。私は失神しそうになりながらも何とか意識を保った。高度300mを切った辺りから機体が水平になった。次の瞬間、機体が急制動を掛けつつロールし、同時に空が一回転した。ミサイルアラートも鳴り止んだ。代わりに失速警報が鳴った。機首が落ち地面を向くが、機体は180゜ロール、ピッチUPと同時に爆音が聞こえて頭をシートにぶつけられた。視界を奪われブラックアウトするが、頭を振ってクリアにすると、太陽が見えた。眩しい!――が、太陽を割くように戦闘機が入って来た。HUDにガンレティクルが表示されると、カチッ!小気味良い音が鳴った。しかし前方に火線は飛ばず、前方を飛ぶ機体はそのまま太陽と乗機の間を通過して行った。レーダーから敵を示す光点が消えた。程良くして無線が流れた。
「畜生、やられた!!」
目の前を通過した戦闘機TFV-31Dアクティブピクシーからの通信だった。尾翼には天使の姿と“1”が描かれていた。意地悪に微笑む天使の姿が目に入るが、今はどちらかと言うと、冷や汗を掻いて悔しそうに笑っている様に横目に見えた。
視点を計器に合わすと“MISSION CMPL”のコメントが表示されていた。

10:50 シュラウド基地

エプロンに駐機した機体。キャノピーが開き、荒々しく機体に梯子が掛けられる。登って来た救護班が固定されたハーネスを解放し、抱き上げてコクピットから介抱してくれた。私は直ぐに急患用のストレッチャーに寝かせられ、酸素マスクを口に当てられた。荒々しく呼吸を続けている私。青い空を見上げていると太陽が眩しく、瞼を半分瞑る。ストレッチャーを走らせ救護班も走っている中、駐機した機体の前席から男が立ち上がり、万歳して身体を伸ばしていた。普段はおちゃらけてばかりの日本人パイロット。戦闘機に乗ると、ガラリと一変する性格で敵機を翻弄する。その男が一息付いて欠伸をしている姿が目に映った。どう見ても人間、しかし――
(……化け物だ)
私は直感した。殺人的な機動力を誇る機体に乗って、1時間弱アクロバットに徹していた男だ。その機体は、歴戦の勇士が集うシュラウド基地の猛者達でも、音を上げる程扱い辛く、毛嫌いされている性能だ。人間が操れる範囲のギリギリだと思う。それを軽々しくやってのける様は異様である。
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