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□輪廻転生
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――数時間後、新宿。


日付が変わり、明日の分の書類にまで目を通していた幽は一通りの仕事を終え、臨也の部屋に向かった。
返事は無いにしても、帰る際には声を掛けないと気が済まない。
臨也が先に休む時だけだが、これは当たり前になっていた。

気を遣いながらなるべく小さくドアをノックし、少しだけ扉を開いて中の様子を伺う。


「くっ…、…!」
「兄さん…?」


兄の苦しそうな声に、幽はゆっくりと部屋の中へ足を進める。
部屋の外から入り込む僅かな光から、臨也の表情を汲み取る。
額に汗を滲ませ歯を食い縛る様は、どうやら悪い夢でも見ているようだった。


『兄さん、体調悪いの?』
「は、ぁ……幽」


体を揺すって起こしてやると、眉間にきつく寄せられた皺が漸く解れた。


『大丈夫?魘されてたみたいだけど…水持ってこようか?』
「幽…。幽は、あの人に会いたかった…?」


普段聞かないような臨也の弱々しい声を聞いて、幽は眉を潜める。
ただ、気になったのはそれだけではない。
それは臨也の口から出た"あの人"と言う単語だった。


『兄さん…もしかして父さんに会ったの?』
「……」
『何で言ってくれなかったんだ』
「…ははっ、何でだろうね」


自嘲気味に微笑みながら臨也は言葉を続ける。


「…俺はアイツとは違う。俺は絶対アイツみたいにはならない」
「兄さん…」


まるで呪文のように自分に言い聞かせるかのような言葉。
あんなに自分に対して優しく接してくれる兄の、憎しみに満ちた声に幽は背筋が震えた。


「…なぁ、幽はこれからどうしたい?俺はこれ以上…、お前の自由を奪う権利は無いから…」


掠れた声が泣いているように聞こえて幽は戸惑う。
本当に泣いているかどうかは目元を腕で覆われていた為、確かめることは出来ないが、普段見せることのない兄の弱気な姿に自分もどうして良いか分からない。


臨也と幽の家庭は複雑だった。
その事についての会話を臨也は極力避けていたし、幽もその事を自然と感じ取っていた。
だからこそ、二人の間で家庭の話…自分達の親については殆んど口にしない。
暗黙の了解のようにもなっていた。


「…兄さん、大丈夫だから…今日はもう休んで」


いつものような冷静さを失った臨也の問いかけに幽は簡単に答えることも出来ず、乱れた毛布を掛け直すことしか出来なかった。

その後暫くして、やはりはっきりと表情を見ることは叶わなかったが、小さな寝息が聞こえてくる。
そんな兄の直ぐ側で、幽は暫くの間、佇むことしか出来なかった。



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