企画短編3
□あの夏と一緒に
1ページ/1ページ
どこかの家のしまい忘れた風鈴が秋の風に吹かれて、寂しげにちりんちりんと夏の名残りを響かせていた。
縁側に腰掛け熱いお茶を一口飲み、空色の封筒の封を開いた。
結婚するの
秋の始まり届いた一通の手紙は何の挨拶文もなく、そのたった一行から始まっていた。
驚きと、アイツらしさに飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになった。
高校生の頃、バイト先で知り合ったアイツと過ごしたのは、夏休みの1ヶ月とちょっとだけ。
人と分かり合えるのに時間なんか関係ない。
初めて知ったあの夏。
青い空と白い雲の模様の便箋。
女のクセに力強い文字、ぶっきらぼうで短い文章。
見ている内に、あの暑かった夏の日が鮮明に思い出された。
オレとアイツ、そしてキバ。
毎日飽きるくらいに遊びまわって、泣いたり笑ったりした毎日。
こんな毎日がずっと続いて行くと信じて疑わなかった。
でも、それは夏の終わりと共にやって来た。
夏休みが終わって数日後。
アイツから送られて来たメールには
引っ越した!
あんまり会えなくなるけど、また遊ぼうね
短い文章と新しい住所。
簡単には会えそうもない住所に、オレもキバも笑うしかなかった。
あれから数年、高校を卒業して大学でこっちに戻って来たアイツと再会したオレ達は今じゃ社会人になった。
流石にあの頃みたいにバカやったりは出来ないが、月に一、二回会っては昔の話に花を咲かせて夜が明けるまで飲み明かす貴重な飲み仲間になっていた。
そんなアイツが結婚か…
秋の夜空に浮かんだ丸い月を眺めていると、何故だか気持ちがしんみりとなる。
そんな気持ちをごまかすように、少しぬるくなったお茶を一気に飲み干した。
それと同時に鳴り響く携帯の呼び出し音。
誰だかはおおよそ見当はついていた。
携帯を取ると、オレの予想は見事的中。
発信者はキバ。
「もしもーし」
「届いたか?」
電話に出るとオレの予想通りの事をキバが聞いて来たもんだから、笑いそうになるのをこらえながら答えた。
「あぁ、今読んだ」
「驚いたよな。この間会った時には、そんな事一言も言ってなかっただろ」
「あぁ、だよな」
「なんだよ。お前ちっとも驚いてないよな。知ってたのか?」
電話越しからでも、キバが興奮気味なのが伝わって来る。
「知るワケねーだろ。つーか、これアイツらしいだろ」
途端に静かになった電話の向こう。
たぶん今キバの頭ん中には、オレと同じ記憶が浮かんでるんだろう。
「そうだったな。オレらにはいつも事後報告だったよな」
キバの言葉があまりにもしみじみしていて、オレはもう笑いを堪えられらなかった。
「なに笑ってんだよ」
「いや、なんかお前がすげージクサイからつい…」
「いつもジジクサイお前に言われたくねーよ。って、ヤバいっ!今から約束があるんだった。じゃあ、またな」
「約束って、どうせ合コンだろ?」
「まぁな。社会人になると、出会いは自分で作らねーとなかなかないからな。お前も来るか?」
オレがそういうの苦手だって知ってて、ワザと聞いてやがる。
「遠慮しとく」
素っ気なく返したオレに、キバは笑い出す。
「お前早く行かねーと、大事な合コンに遅刻しちまうぜ」
「おぉ!そうだった!じゃあ、またな」
からかわれた腹いせに多少嫌みを含んで言ってみたが、それには全く気付かずキバが慌てているのが分かる。
「あぁ、じゃあまたな」
電話を切ろうとした瞬間
「あ!シカマル」
聞こえて来たキバの大きな声に、もう一度携帯を耳に寄せた。
「なんだよ」
「あのさぁ…。長い夏…だったよな」
少し間が開いた後、珍しく小さな声でキバが言った。
あの夏、オレとキバはアイツに恋をした。
お互いが口に出さずにいたけれど長い付き合いのせいか、薄々それは分かっていた。
今の三人の関係が居心地が良いから。
そんな理由つけてあの夏始まった恋心をオレ達二人は、ずっと今まで引きずっていたのかもしれない。
いつか終わると知っていながら、終わらせる勇気が持てずに…
キバの短い言葉で気付いた。
そして今日、アイツからの手紙でオレ達の長い夏は終わりを告げた。
「あぁ、長かったな」
電話を切った後、もう一度アイツからの手紙を読み返した。
ゆっくりと、ひとつひとつの文字をひとつひとつの思い出に重ね合わせながら…
ちりんちりん。
季節外れの風鈴の音が、ひんやりとした秋風に吹かれて胸の中に響いた。
あの夏と一緒に
あの夏の想い出を折りたたんだ便箋と一緒に空色の封筒にしまい込んだ。
そして、オレの長い夏は終わった。
end