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□春、夢叶う
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フワリ桜の花びらが舞う中、真新しいスーツに身を包んだ新入生達。

その表情は誇らしげだったり、不安げだったり様々。

そんな新入生達の様子を私達はキャンパスの近くにある高台の芝生の上から眺めていた。

もっとも、眺めているのは私だけで、シカマルはと言うと、私の膝の上に頭を置いて気持ち良さそうに目を閉じている。


「もうあれから一年か…」


一年前、夢に向かっての一歩を踏み出した、そんな喜びを噛み締めながらあの門をくぐり抜けてたっけ。

目の前の新入生の姿に去年の自分の姿を重ね合わせ懐かしみながら、改めて一年の時の早さを感じる。

それと同時に私の口からは、春の陽気さとは不似合いな大きな溜め息が零れた。


「…腹減ったな」


私の膝の上でぼそりと呟いたシカマルにぎょっとしてしまった。


「寝てたんじゃなかったの?」

「起きてるっつうの。つーか、お前のデカい鼻息で目が覚めたんだよ」


フンと鼻で笑う仕草がなんとも憎たらしい。


「失礼ね。あれは鼻息じゃなくて溜め息です。溜め息!」

「ふーん。で、何で溜め息なんか吐いてんだよ」

「…まぁ色々思うとこがあるのよ。春だしね」


墓穴を掘ってしまった。と後悔しても今更遅く、私はあやふやな言葉でごまかした。


「へぇ、春だしね…か」


興味がないのか、相変わらずシカマルは膝の上で目を閉じたまま。

まぁ、これ以上深く問われても自分の中のこの鬱々とした気持ちを上手く説明出来る自信はないし、シカマルの無関心さが今だけはありがたかった。


入学して一年。
描いていた夢を追求すればするほど、これで良かったのかと悩む日々。

シカマルに話せば、きっとさっきみたいに鼻で笑われてしまいそう。

桜の枝を大きく揺らした春風に紛れ込ませた私の小さな溜め息。

今度はシカマルには気付かれなかったみたい。


静かだったこの場所が、子供達の無邪気な笑い声で急に賑やかになり始めた。

キャッキャッと笑ったり、たまに奇声を上げたりしなが走り回る子供達。

何があんなに楽しいんだろう。

そう思ってしまうのは、私が大人になったせいなのかな。

私にも、あんな頃があったんだよね。

何も考えずに笑えた頃が。


「いいよね。子供は」


ポツリ呟いた私の独り言に、シカマルは今度は片目を開けて反応した。


「そうか?」

「だって、何も考えなくていいでしょ?夢だってなりたいって言ったもん勝ちみたいな感じで、ケーキ屋さんになりたいとか、花屋さんになりたいとか、それになる為にどうすればいいかなんて考えなくて良かったし」

「逆にそんな事考えてる子供がいたらすげーけどな。で、お前も思ってたのか?ケーキ屋さんとか花屋さんになりてーって」


そう聞いて来たシカマルの顔は、明らかににやけていた。

私の答え次第では柄にもなく大爆笑するつもりなんだろう。

それを思い私は答えるのを躊躇った。


「夢なかったのかよ」

「あったわよ」

「じゃあ言えよ」

「だって、絶対笑うでしょ」

「笑わねーよ」


って言ってる時点で既に半笑いになってるんですけど。


「絶対笑わないでよね!笑ったらお昼奢りだからね」

「分かったから早く教えろっての」


少し間を置いて私は恥ずかしさを隠すように、俯きながら答えた。




「…可愛いお嫁さん」


私の膝の上から頭を軽々と持ち上げて体を起こし、大きく伸びをするシカマル。

絶対笑われる。
そう覚悟していたけれど、シカマルの反応は意外だった。


「なりゃあいーんじゃね」

「へ?」

「嫁さんにならすぐにでもなれるだろ?可愛いかどうかはお前次第だけどな」


いつもみたいに片方の口角を上げたシカマルを私は凝視してしまった。

そりゃあ、なろうと思えばなれるけど…


「それって相手はもちろん」

「他にいるか?」


私は思いきり首を横に振り、照れているのかシカマルは大袈裟なくらいに頭を掻いていた。


「私で…いいの?」

「当たり前だっての」


春の柔らかい風が桜の花びらを舞わせながら、私達の周りを優しく吹き抜ける。


「今すぐとは言わねーけどな」

「うん。今の夢叶えたら…だよね」

「そういう事」


シカマルにくしゃくしゃに撫でられる頭がいつもより気持ちいい。

不意に閉じた瞳、瞬間重なる唇。

舞った花びらがライスシャワーみたいに私達に降り注ぐ。


鬱々した気持ちは、春風がどこかへ連れて行ってくれたみたい。

遠くで子供達の冷やかす声が聞こえるけど、ま…いっか。

だって春だもんね。


春、夢叶う

お前単純だな

そこが好きなんでしょ?

ばーか

end

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