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□泣ける場所
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春の気配を感じさせる三月の街。

パステルカラーに彩られた街を歩く人達はみんな笑顔で、なんだか私一人だけ取り残された気分。


一年かけて準備して来た大きな仕事。
やっと手に入れたチャンスだったのに…

今更後悔しても始まらないって分かっているけど、やっぱり悔しい。

「また次頑張ろう」って同僚達が誘ってくれた飲み会も、今はそんな気分になれなくて、定時きっかりに会社を後にした。

とぼとぼと歩く私の足を止めたのは、一軒の店先から香って来た甘いチョコレートの香り。

いかにもな茶色の木造の建物に赤いドアと窓枠がアクセントになっていて可愛らしい。
お店の窓際に飾られているのは、甘くて美味しそうなチョコレート。

一カ月前はきっと女の子達で賑わっていたんだろうな。


「チョコ…か」


忘れてた訳じゃないけど、仕事に夢中になり過ぎて…
なんて自分に都合のいい言い訳。
本当は恋愛と仕事を天秤に掛けて、勝ったのが仕事だった。

そして結果が…これ。


ポケットの中、携帯電話に伸ばそうとした手を寸前で止めた。

恋より仕事を選んだクセに…都合良すぎるよね。


別に慰めて欲しいとかじゃなくて、ただ顔が見たかった。
こんな時になって初めて知った彼への気持ち。

そっか…隣に彼がいてくれたから仕事も頑張れたんだ。
一番大切だったのは仕事なんかじゃなくて、彼だったんだ。

頭に浮かぶ彼の顔。

チョコが並ぶガラスの窓に、今にも泣き出しそうな私の顔が映ってる。


早く家に帰って思いっきり泣きたい。
誰にも遠慮せずに思いっきり大声で。

宙を仰ぎ、零れ落ちそうな涙を堪えようとしたけれど、涙は止まってくれそうもない。

人前で泣くほど子供じゃないけど、涙を我慢出来るほど大人にはなれてないみたい。

情けないな私。

涙が余計に零れそうになり、とりあえずこの人混みから離れようとした時。

誰かが私の手を強く引っ張った。

引かれる手の先には、見覚えのある背中。

久しぶりに見た懐かしい背中に私が思わず抱きついたのは、大通りから外れ路地裏についた時だった。


「…シカマル」

「何懐いてんだよ」

「なんでいるの?」

「なんでてって、帰り道にいちゃあ悪ぃかよ」

「そうだったね」


分かってるのに聞いてしまった自分が恥ずかしくて、私は自嘲気味に笑った。


「つーか、もういい加減離せっつうの」


背中をぎゅっと掴んでいた私の手にシカマル手が触れた。


その瞬間、何かのスイッチが押されたように我慢していた涙が次々に零れ始めた。


「ごめん。もうちょっとだけこのまま…」


久しぶりに会ったのに、泣いてる姿なんか見せたくない。
せめて涙が止まるまでこのままで。

声は出さないようにしていても、体が震えてる。

きっとばれてるね。

それでも流れ出した涙は止まらない。



「そこじゃねーだろ」


強引に振り返ったシカマルの胸に私の顔はすっぽり埋まった。


「お前が泣く場所はここだろ?」


トクトクとシカマルの胸から聞こえる音。

震えていた体が、どんどん落ち着いていく。

なんだろう。
凄くほっとする。

頬を流れる涙が温かい。

心も温かい。


シカマルがいてくれるだけで、こんなにも温かい。

バカだな…私
こんなに大切な場所を自分から遠ざけてたなんて


「ごめんね」

「謝るような事してねーだろ」


鈍感なのか優しさなのか、相変わらずのシカマルに安心した。



もう絶対この場所から離れない。

私の涙を温かく包んでくれる

大切な場所



end

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